ディア・ドクター

評価 : ★★★☆☆

栃木の過疎地の診療所が舞台。笑福亭鶴瓶演じる井野治は山奥の診療所で医者をやってる。年収は2000万。都市部の病院まで距離のある過疎地に住んで村人たちからは神としてあがめられ、ほとんど信仰の対象。研修で資料所にやってきた研修医の相馬は都会の病院にはない人間味のある医療に感銘を受ける。しかし井野には秘密があった。看護師と診療所に出入りするMRと井野だけの秘密。実は彼は医師免許を持っていないモグリの医者だったのだ。

がん患者のおばさんが出てくるんだけど、この人、夫ががんで死ぬときすごく大変だったから、自分は娘に迷惑をかけないよう、一切の延命措置をとらず死にたいと井野に言う。もともと井野はヤブだから高度な治療はできないんだけど、このおばさんの意志を尊重して都会の病院を紹介したりせず、自宅に赴いて生理食塩液を点滴して気休めさせる。というかそもそも、胃カメラの検査結果をねつ造して胃潰瘍であることにしてしまう。おばさんはすべてを悟ったかのような感じで物語は進んでいくんだけど、ヤブ医者であることが発覚しそうになって井野がいなくなったとたん、おばさんを含む彼を崇敬していた村人たちが井野のことを悪く言い始める。「騙されてた」って。井野のことを尊敬し、実家の病院で働くのを拒否して研修終了後も診療所で働こうとしていた研修医の相馬までも、警察の取り調べに対して「なんかおかしいと思ってた」と言ったりする。過疎地医療を取り扱った映画の体裁をとっているけど、実際は田舎に住まう人間の業の深さを描写してるように感じた。

マン・オン・ワイヤー

評価 : ★★★☆☆

いまはなきニューヨークのワールド・トレード・センターの二棟のあいだにワイヤーを通して綱渡りしちゃったフランス人の話。

アカデミー賞のドキュメンタリー部門取ってるらしい。確かにすごいことはすごい。でもぶっちゃけ面白いかって言われると、うーん、微妙。

フランス人のフィリップ・プティは大道芸人。ある日突然綱渡りに惹かれてそれ以後憑かれたように高いところで綱渡りをする。ノートルダム寺院とかも渡っちゃう。物語のクライマックスはワールド・トレード・センターを綱渡りするところ。これが1974年。これを現代からフィリップや彼を支えた友人達が回想するという筋書き。再現ドラマも織り交ぜられるんだけど、驚くことに彼らが当時取ってた16mmフィルムの映像がメイン。だから本人主演の再現ドラマを見ているような錯覚にとらわれる。若い俳優を無理に老けさせたり、年老いた俳優を無理に若作りさせたりとかそういうんじゃない。16mmに映ってる若い頃のフィリップ達は素人なんだけどなぜか俳優っぽく見える。大道芸人だからだろうか。だから再現ドラマと当時の映像の部分でブツ切れ感がなくて非常になめらか。この辺は確かにすごい。

しかしドキュメンタリー映画の常というべきか、あらかじめ予備知識を頭に詰め込んどかないと辛い。最初沢山登場人物が出てきて喋るので、誰が誰なのか分からなくなる。そして展開がめまぐるしい。僕は食後に見てしまったので丁度眠くなるタイミングと重なり、前半はあんまり記憶に残ってない。

ドキュメンタリーとはいえちゃんと筋書きがある。いかにしてバレないようにワールド・トレード・センターに忍び込むかといった準備のシーンはスパイ映画みたいでドキドキハラハラさせられる。フィリップと恋人、友人達の間の人間模様の変化も大変興味深く描かれる。綱渡りを決行する前に、無許可の綱渡りは違法だからと恐れをなして計画を降りるヘタレが出たりする。それで計画が大幅に狂ったり。

綱渡りを達成した後、当然彼らは警察に捕まる。とはいえフィリップ本人は快挙を成し遂げたのでスター扱いされる。しかし彼を支えた友人達が英雄視されることはない。偉業を達成するのだけどおかげで友情が崩れ、恋人との関係もおかしくなる。

最後、フィリップは一人で黙々と綱渡りのトレーニングをする映像が挿入される。しかし恋人や幼なじみの友人は去ってしまった。すごいことを成し遂げたけど、結果的に彼は一人になった、という風に受け取れる。夢のために失ったものも大きかった。単なる綱渡りの映画ではなかったね。

レスラー

評価 : ★★★★☆

ミッキー・ローク主演。かつて隆盛を極めたプロレスラーの20年後を描いた映画。これは良かった。グラン・トリノの次くらいに良かった。五つ星あげたいけど何となく四つ星で。

主人公のランディ・ザ・ラムは若い頃は人気を誇ったプロレスラーなんだけど、名声は過去のもの。いまは年を取り、昼間はスーパーの倉庫で肉体労働をする傍らインディーズのプロレス団体に所属して巡業に臨む日々。稼いだ金は全部筋肉増強剤や痛み止めなど薬品の購入、美容院での毛髪脱色、日焼けサロン代などに消えていく。往年のライバルとの再試合を控えたある日、試合後のロッカールームでステロイド剤の副作用による心臓発作を起こし、医者にはプロレスを辞めないと命はない、という忠告を受ける。

若い頃からプロレス第一で家族を顧みなかったランディは、唯一の肉親である娘とは絶縁状態。一人寂しくトレーラーハウスで暮らす孤独な人生なんだけど、心の拠り所はストリップクラブで働く踊り子のキャシディ。辛い試合の後はストリップクラブに行ってキャシディに話を聞いてもらう。

マリサ・トメイかわいすぎる

もちろんミッキー・ロークの演技も良かったんだけど、僕が一番良いと思ったのはランディが思いを寄せるキャシディ役を演じたマリサ・トメイ。この人がとにかくかわいい。

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Marisa Tomei Pulls a Benjamin Button marisa-tomei – Socialyz.comより拝借

なんと映画撮影時は44才! ストリッパー役だから当然脱ぐんだけど、スタイル抜群やでしかし。とても44才には見えない。映画の中でストリップ・クラブの客が「おばさんはちょっと…」とか言ったりするんだけど、どう考えてもその辺の20代のギャルより色気満点だろ。演技も良い。ランディが絶縁状態にある娘との関係修復のためにアドバイスをもらおうとたびたびクラブにやって来るんだけど、そのときはかたくなに客と踊り子の関係の一線を越えないようにと、ランディとの間に壁を作ろうとする。そこがまたかわいい! なんつーのかな、ストリッパーなのに滅茶苦茶ガードの堅い女の子みたいで正直萌えた。多分キャバクラにハマる人は、なかなかプライベートな関係になれないキャバ嬢を落とすところに楽しみを見出してるんじゃないかな。ただ女の子と飲むために30分5000円払うとか意味分からんし。ちょっとキャバクラ通いの人の気持ちが分かった気がする。

プロレスの舞台裏がかいま見える

プロレスの内幕が見られるところも面白かった。試合前の控え室ではレスラー達がその日の試合の筋書きを綿密に打ち合わせてしてる。こういう流れで始めてどの技でフィニッシュとかそんな感じ。第一試合でヘッドロック使ったら二試合目ではやらないようにするとか、試合ごとにネタがかぶらないように配慮するところなんかまるでお笑いショーみたいだった。ちょっとネタバレ気味になってしまうんだけど、劇中、ランディーのところに若手のレスラーが試合前の挨拶に来る。このとき「お前は才能あるよ。今日は対戦できるのを楽しみにしてる」なんて言いながら、若手レスラーが控え室を出て行った後に手首のテーピングの下に剃刀を仕込むシーンがある。「うわ、汚ねぇ」なんて思っちゃったんだけど、これも客を楽しませるための演出。相手に対して剃刀を使うわけではなく、ダウンしたときに客にバレないように自分で額を切って流血させるのだ。「そういうことかー」と感心してしまった。

ほかにプロレスラーのサイン会のシーンとかもリアリティーあった。年老いたかつてのレスラーたちがファンが来るのを待ってるんだけど、会場はがらんとしてて、みんな杖とか車いすとか人工膀胱とか付けてたりする。プロレスは筋書きがあってやらせであることは確かなんだけど、肉体を酷使することもまた確か。好きなことを貫く人生も大変なのだ。

大人の情欲は子どもを傷つける

物語中盤でランディは娘と関係修復しようとするのだが、プロレスの観戦に行ったあとの打ち上げのバーで逆ナンされて若い子と情事に及んでしまい、娘とのディナーの約束をすっぽかしてしまう。こういう筋書きって良くあるような気がする。前『8月のメモワール』だっけかで見た覚えがある。大人が性的な欲望をこらえきれずに子どもを傷つけるっていう流れ。実は良くあるアメリカ映画と違って結局ランディは娘と関係を修復することはできず、最後もはっきりしない終わり方をする。ちょっと意外な終わり方だった。

監督が男前

ちなみにこの映画の監督ダーレン・アロノフスキーは映画会社からニコラス・ケイジを主人公に起用するよう要請されてたらしいんだけど、どうしてもミッキー・ロークがいいと譲らなかったそう。それで制作費を減らされ当初はアメリカでの公開劇場数もすごく少なかったらしいんだけど、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したし、興行成績もまずまずだった模様。受賞にはならなかったけどアカデミー賞にミッキー・ロークとマリサ・トメイがノミネートされてたみたい。

ニルヴァーナはクソ

ランディとキャシディがバーでビールを飲みながら、ヴァン・ヘイレンの曲に会わせてリズムをとるシーンがある。そこで二人とも意気投合して80年代は良かった、90年代はクソだ、80年代はなーんも考えなくて良かったのに90年代になってニルヴァーナが出てきて深刻になった、みたいな趣旨のことを話す。正直なところこの映画でのランディのファッションはホームレス手前だしレスラー風の長髪とかダサダサであんまり好きにはなれないんだけど、このニルヴァーナ評は面白かったし共感した。僕もニルヴァーナの精神世界みたいのは理解できない。その点、レッチリはニルヴァーナと同時代から活躍してるけど、90年代の陰鬱な雰囲気とカリフォルニアの明るい雰囲気をうまく止揚して2000年代っぽさを出してると思う。悲しい歌詞の曲もあるし、ジョン・フルシアンテとかスゲー悲壮感あふれる曲が多いけど、レッチリの面々はコミカルで明るくて楽しい。元ニルヴァーナのデイヴ・グロールだってFoo Fightersでは明るい曲や楽しいプロモーションビデオでニルヴァーナとは違った面を見せる。そういう意味ではこの場面はとても示唆に富んでいた。何気ないシーンなんだけどね。

総評

今年見たアメリカ映画では『グラン・トリノ』が良かったけど、こちらもアメリカ映画としてグラン・トリノとは違った独特の良さがあると思った。見るかどうか迷ってる人は見て損しないですよ。オススメです。

劔岳 点の記

評価 : ★★★☆☆

お台場アクアシティ・シネマメディアージュで鑑賞。JCBカード提示で1500円だった。

明治時代、日本陸軍は日本地図を完成させようと、前人未踏と言われる立山の剱岳への登頂を目指していた。そこに三角点を設置して測量を行うのだ。しかし設立されたばかりの民間組織である日本山岳会も剱岳登頂を目指していた。豊富な資金力でヨーロッパ製の近代的な登山装備を誇る山岳会に対して、柴崎芳太郎(浅野忠信)の率いる陸軍測量隊は旧式の装備しか持たない。しかし地元の村で雇った宇治長治郎(香川照之)のガイドで何とか目的を達する。

ネットのレビューでは評判良かったけど、そんなに良い映画だとは思えなかった。確かに映像は素晴らしい。なんか日本を代表するカメラマンの人が監督したらしい。立山から見える富士山の映像とか、夕焼けを雲の上から見るシーンとか、NHKの山ドキュメンタリーにも勝てそうなくらいのハイクオリティ。でも浅野忠信と宮崎あおいのいちゃつきシーンとか必要ないと思うし、そもそも浅野忠信の嫁役は宮崎あおいよりも檀れいの方が良いと思うし、ストーリーの展開がどったんばったんな感じだった。

とにかく生意気な松田龍平がムカついた。浅野忠信は公務員系の役ってどうなのかなって思ってたけど、これからそっち方面の堅めの実直な人物も演じられるようになっていくかも知れない。そこそこマッチしてた。特に人夫の香川照之を立てようとするところとか好印象だった。浅野忠信には戦争映画とかやってもらって、真面目な日本兵役とか演じてもらいたいな。

チェンジリング

評価 : ★★★★☆


"チェンジリング [DVD]" (クリント・イーストウッド)

下高井戸シネマで鑑賞。

1930年代のアメリカ、ロサンゼルスが舞台。主人公のクリスティンは電話交換手のシングルマザー。息子のウォルターと映画を見に行く約束をしていたある土曜日、どうしても人手が足りないと急遽仕事にかり出されることになった。暗くなる前に帰るからと息子に言い残して仕事に出かけるのだが、帰宅すると家にウォルターの姿はない。近所を探しても見つからないため警察に電話するのだが、「迷子は24時間は捜査しない決まりになっている」とつれない。果たして息子は見つからず、五ヶ月が経過した。ある日職場にロサンゼルス市警の刑事がやってきてクリスティンにウォルターが見つかったと伝える。しかし、引き合わされた「息子」の身長は失踪前より低くなっており、どう考えても別人だった。しかし警察は「あなたが動揺しているんです」と言って取り合わない。それどころか警察の言うことを聞かないため精神異常者であるとして精神病院に入院させられてしまう。果たしてウォルターは見つかるのか? クリスティンの運命は?

見逃していた映画を見られて良かったんだけど、ブログなどで絶賛されるほどに素晴らしい映画だとは思わなかった。やっぱクリント・イーストウッド作品で言うなら圧倒的に『グラン・トリノ』の方が迫力あるし面白い。でも警察権力が暴走したらどうなるかだとか、人間の同一性の証明が案外に難しいことの描写とかは興味深かった。自分が失踪したときに別人に成りすまされないためには、近所付き合いを良くしてマメに歯医者に通う必要があるなと感じた。

映画では1930年代のロサンゼルスの街並みがとても美しくCGで再現されていた。路面電車が走る感じとか良い。ヨーロッパの都市みたいな趣がある。いつかアメリカ行ってみたい。

スラムドッグ$ミリオネア

評価 : ★★★★☆

ダニー・ボイル監督。アカデミー賞で沢山賞を取った映画。インドのスラム街出身の青年がクイズ番組の "Who wants to be a Millionaire" に出演して大金を得るまでの過程を描いたビルドゥングスロマンである。

スラム街出身の青年がなぜクイズに次々正解できるのか。インチキではないのか? これがこの映画テーマだ。ミリオネアの映画だと思っていたのに、冒頭は警察署で主人公の青年ジャマールが尋問されるシーンから始まる。不正を疑われて警察に捉えられたのだ。しかしジャマールは不正を働いてはいなかった。彼の数奇な人生が全て彼に答えをもたらしていた。たとえどんな難問であったとしても。

ムスリムのジャマールは幼い頃にヒンドゥー教徒の暴徒に母親を殺されてその後は兄のサリームとストリートチルドレンとして過ごす。途中、ストリートチルドレンを集めて組織的に物乞いに従事させる卑劣漢ママンの下で他の子ども達と共同生活を送るのだが、彼が何をしているのか(歌が上手い子の目をわざとつぶして盲目にし、人々の同情を誘おうとする)真実を知り得たサリームは弟を連れてママンの下から逃げ出す。ジャマールとサリームは同じようにヒンドゥー教徒の暴徒に両親を殺されていた少女ラティカとずっと一緒だったのだが、逃げるときにサリームは彼女を囮にして見捨てる。子供心にラティカに恋心を抱いていたジャマールは、大人になった後も彼女を捜そうとする。

やっとラティカと再会できた後も、兄やマフィアの親分にラティカを奪われるのだが、ジャマールは決してラティカのことを諦めない。マフィアの親分の下で人生を諦めながら暮らすことを余儀なくされたラティカを助け出そうと、彼は "Who wants to be a Millionaire" への出演を決めたのだった。

サリームは大人になって行くにつれて段々とずるがしこい人間になり、最終的にはマフィアになってしまう。信じられないことにジャマールが思いを寄せるラティカを奪い、弟に銃を向ける。一生許さないとジャマールは心に誓うわけだが、最後の場面でサリームはジャマールとラティカを結ばせるために自身を犠牲にする。この辺は以前見た『ミリオンズ』の流れに近いと感じた。ダニー・ボイルは兄弟ネタが好きっぽい。『ミリオンズ』をインド版に焼き直して、設定をもっと壮絶なものにしたのが今作かなー、という感じだった。

ところでママンが子どもを集めている施設には足のない子がいた。10年くらい前、メンノンを読んでいたらインドを旅行したモデルが旅の感想を書いていて、「手がない子どもが物乞いにやってくるけど、お金が集まりやすいように親がわざと我が子の手足を切ったりするらしい」と語っていたのを思い出し、複雑な気分になった。ジャマールらはムスリムであるために母親をヒンドゥー教徒に殺されるわけだが、インド社会の複雑な一端を描くことも忘れていない。

平日昼間の回だったせいか大学生カップルが多く(男一人で見に来てるのは僕だけだった)、エンドロールが終わって立ち上がるときに前の席に座っていたカップルが抱擁し合っているのが見えた。アホか。しかしラストのインド映画風ダンスは楽しいし、重い内容とは反対にエンディングは明るいので万人にお勧めできる映画だと思う。

This is England

評価 : ★★★★☆


"This Is England" (Original Soundtrack)

ブリットポップ前夜、フォークランド紛争後の1983年のイングランドが舞台。スキンヘッドの若者たちがクソなサッチャー政権とクソな社会に反発する映画。とても面白かった。

主人公ショーンは12歳の少年。父親をフォークランド紛争で亡くし、母親と低所得者向けの住宅で過ごす。父が買ってくれたフレアのパンツを学校に穿いて行って「ウッドストックに帰れよ」とからかわれ、しょぼくれてとぼとぼ家に帰っているところをガード下にたむろするスキンヘッド集団に声をかけられる。グループのリーダー、ウディに励まされたことでスキンヘッド集団と関わるようになる。

当初はウディらと健全(?)なスキンヘッドライフを送るショーンだが、ウディの旧友、コンボが刑務所から出てきてグループの調和を乱しまくる。彼は刑務所での経験がもとで人種差別主義者と化していたのだ。グループにはミルキーというジャマイカ系の男がいるのに、コンボは彼の前でも構わず人種差別的な言動を繰り広げる。これにウディは気分を悪くし、コンボを避けるようになる。結果的にグループは二分するのだが、ショーンは愛国主義的で排外的なコンボの思想に惹かれるようになる。コンボのグループは政治集会に参加したり、パキスタン系の移民を迫害したり、どんどん政治色を強めていく。そして悲しい結末がショーンとコンボを待ち受けているのだった。

冒頭のフォークランド紛争の報道映像を引用してるシーンがショッキングだった。地雷で片足を吹き飛ばされた英兵が担架で運ばれる映像が挿入される(補給艦に搭乗していてミサイル攻撃を受けて負傷した兵士らしい : フォークランド戦争 - MEDIAGUN DATABASE)。イギリスは結果的にフォークランド紛争に勝利したけど、多くの艦船を失い、少なからぬ死傷者を出したみたいだ。加えて社会に蔓延する英国病。なぜ移民には住宅が優遇されるのに、元々の住民であるイングランド人が貧しい暮らしを送らなければならないのか。コンボは極端な人種差別的国粋主義者だが、言っていることは一理ある。排外的なスキンヘッド集団が生まれたのには様々な時代背景があったことが分かる。

ストーリー以外の部分では、ウディ(風貌がルパン三世っぽい)のファッションがとても格好良かった。Ben Shermanのシャツの下にサスペンダーでぴちぴちのジーパンを吊し、ロールアップした足下にはDr. Martensのブーツ。さらに上からピンバッジ付きのMA-1などのフライジャケットを着る。フライトジャケットとかすごくダサく見えてたけど、ジャストサイズをこういう風に着こなすととても格好良く見える。イギリスでは2007年公開の映画だけど、この格好はこれから流行るんじゃないだろうかと思った。

英語も特徴的で面白い。どの英語がどこ訛りだとか詳しいことは分からないけど、comeは「カム」より「コォム」と聞こえるし、canは「キャン」より「カァン」と聞こえ、アメリカ映画の英語とは全然別物だ。「ああー、イギリスいいわぁー」っていうイギリスかぶれには辛抱たまらんはず。

加えて音楽。ブリットポップ前夜のイギリスはパンクロックばかりなのかと思っていたけど、そうじゃなくて、スキンヘッズはスカやレゲエ、ソウルも聴いてたみたいだ。1980年代に入ってからスキンヘッズは白人優位の人種差別的集団と化したようだが、そもそものルーツはジャマイカ系移民のスタイルに強く影響を受けていたらしい。だから人種差別主義者のコンボが、マリファナをくゆらせながらブルースを聞くシーンもある。僕はパンクはあまり好きじゃないのだが、作中で使われてた音楽はどれも格好良く、サントラを買おうとしたらAmazonでは何と在庫切れ中。そのくらいかっちょいい。

ショーンが年上の女の子スメルに恋をするんだけど、このスメルって子がまるでX Japanのメンバーみたいなメイクをしてて不思議な色気があった。