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2015年6月22日振り替え便は 8:10 と聞いていたので 6 時に起きて飛行機に乗る準備をした。 7 時前にチェックアウトして空港に向かうと、昨日見た顔の人たちが何人かいた。タクシー代の精算...

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2015年6月22日

振り替え便は 8:10 と聞いていたので 6 時に起きて飛行機に乗る準備をした。 7 時前にチェックアウトして空港に向かうと、昨日見た顔の人たちが何人かいた。タクシー代の精算を済ませ、搭乗手続きをして飛行機に乗ると、エーゲ航空のスッチーたちは何事もなかったかのようなにこやかな表情を浮かべていた。

アテネには一時間足らずで着いた。なんとこの日は天気が悪く、アテネ到着時は雨が降っていた。

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前日にアテネの宿を手配できなかったため空港に着いてから空港の無料 WiFi を使って予約しようとしたが、アテネ空港の WiFi は 60 分間しか無料で使えず、結局空港のパソコンを使って予約した。

アテネ空港はギリシャ到着時に食事したときにめちゃくちゃ高くてどうしたもんかと思っていたが、空港の外に出て空港職員等で混雑するサンドイッチスタンドに入ると、 €2.5 で食べ物が買えた。ここでコーヒーを飲みながらほっと一息つくことができた。

その後メトロでアテネの街中へと向かう。アテネ空港は成田と同じで、名前こそアテネだけど全然アテネじゃない場所にある。電車で 40 分くらいかかった気がする。

Athens city view from Acropoli

アテネの市街についてまずびっくりしたのが、街並みのヨーロッパっぽくなさだった。道が広くて路上駐車の車がたくさんあるのはヨーロッパっぽいんだけど、道路の舗装は適当でゴミや動物の糞が散乱しており、マンションのすべての側面には汚らしいバルコニーがくっついていて植物やらなんやらをみんな好き放題外に出しており、非常に猥雑だった。ヨーロッパというより東南アジアにでも来たような景観だった。

Athens

またアテネはサントリーニ島やミコノス島に比べて圧倒的に緑が多く、湿度も幾分か高いようだった。普段は 6 月に雨が降ることはなく異常気象だと泊まった宿の主人は話していたが、モンスーン気候に慣れた身からすると、乾燥の激しいサントリーニ島やミコノス島は過ごしにくく、雨降りのアテネはとても過ごしやすく感じられた。

Athens

アテネの宿はアクロポリスなどといった主な観光地にも歩いて行ける場所にあるものを選んだ。 €107 だったが安くても一泊 €200 オーバーだったサントリーニ島からすると別天地という感じだった。部屋は広く風呂は豪華で、たっぷりと暖かいお湯のシャワーを浴びることができた。

宿にはチェックイン時刻よりも早く着いたので、荷物を置いて観光へ出かけた。レストランに入ってメニューを見るとサントリーニやミコノスの観光地レストランの値段に比べるとずいぶん安い。しかもハンバーガーを頼んだらパンが一枚でハンバーグが二枚のやつが出てきた。ギリシャ人、こんな経済観念だから経済崩壊するのでは、と思いつつ、アテネサイコーと叫びながら子牛のハンバーグを食べた。

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食事のあとは街をうろつき、最初携帯の SIM を買った ΓΕΡΜΑΝΟΣ を見つけたのでプリペイド SIM のチャージができるかどうか聞いてみた。サントリーニ島のショップでは、追加チャージはできるが翌月にならないとできない、という説明を受けていた。しかしキャリアの COSMOTE のウェブサイトを見てもどこにもそのような記述はなく、おかしいなぁと思っていたのだった。 €6 で 500MB のチャージを頼み、携帯を出すように言われたので Pocket WiFi を出すと、「その端末ではこの SIM カードを使うことができない」と言われて一瞬雲行きが怪しくなったが、自分たちが持っている iPhone は SIM ロックがかかっていて Pocket WiFi 経由でないとインターネットに接続することができないことを説明すると「OK」と言って追加作業をやってくれ、再びインターネットにアクセスできるようになった。

その後街を散策し、子どもが喜びそうな蒸気機関車型の観光バスを見かけたので乗ってみることにした。大人一人 €5 で、アクロポリス周辺の主立った観光地を周遊でき便利だった。乗り降り自由らしいので乗り降りしてプラカ地区やシンタグマ広場に行ったりすることもできる。我々はその勝手を知らずに漫然と一周してしまってもったいなかった。

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バスに乗ったあとにパルテノン神殿に上ってみたが、正直なところ圧巻だった。今回の旅行ではアテネはスルーする予定だったがエーゲ航空がキャンセルになったせいでアクロポリスを訪れることができたのはある意味幸運だったかも知れない。

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パルテノン神殿を観光していて初めて知ったのだが、パルテノン神殿は風化であのように朽ちているのではなく、 17 世紀にヴェネツィアによる砲撃を受けてあのようになった、とのことだった。当時でもすでに 2000 年以上の歴史を経ていたパルテノン神殿を破壊するなんて罰当たりなことだと思ったが、 Wikipedia によると、当時ギリシャを支配していたオスマントルコは、ヴェネツィアもパルテノン神殿の歴史的価値に敬意を表して砲撃すまいと高をくくって女子どもを避難させ、アクロポリス内に弾薬庫を作って弾薬を貯蔵していたのだそう。しかしヴェネツィアは一切斟酌せずパルテノン神殿に砲撃を浴びせたらしい。

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そのような状況になったパルテノン神殿を修復しようという動きはギリシャ独立後の 19 世紀中頃からあって様々手を加えられているが、 1800 年代後半から戦前にかけての修復は、古代の手法を忠実に再現するのではなく、鉄を使って無理矢理修復するという手法で、そのせいでかえって他の部分に負荷がかかり、現在は 19 世紀から 20 世紀前半にかけて行われた誤った手法の修復で傷んだ箇所を正しい手法で直しているところなのだそう。

そういえば順調に行けば今頃訪れていたはずのドゥブロヴニクも、一時はヴェネツィアによって支配され、イタリア文化を受容しているのであった。ヴェネツィアとは地中海沿岸でやりたい放題やってたんだなぁ。

パルテノン神殿をゆっくり時間をかけて観光したあとは、一旦宿に戻ってシャワーを浴びて休憩した。三人とも何を食べてもトマトとオリーブオイルとハーブの入っている地中海風の料理に飽きていて、汁付きの麺類が食べたいと、アジア料理の店を探してアテネ一番の繁華街のシンタグマ広場へと向かった。

遅い時間にわざわざやってきたのに嫁さんが目をつけていたアジア料理屋は看板を掲げておらず、あるはずの場所には別の中華屋があって営業していた。店の前でひとしきり夫婦げんかをしたあと、あきらめてこの店に入って中華料理を食べることにした。

この中華屋が正解で、酢豚もチャーハンも中華麺もどれもうまかった。変な香辛料は入っていないし唐辛子辛くもなく、日本人にとって非常に食べやすい味付けだった。青島ビールを三本飲んでも会計は €30 程度で、一食で €70 ほどかかっていたサントリーニ島と大違いだった。しかも店の女将の中国人が非常に親切で店も清潔で、まるで日本に帰ってきたかのようだった。

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食事を追えて最終一つ前の地下鉄で宿に戻り、倒れ込むように眠りについた。

2015年6月23日

翌朝は宿を出る際に領収書の宛名書きの件で嫁さんが宿のレセプションともめて、そのせいで夫婦げんかをしてしまった。一旦別行動をとることにしたのだけど、一人でアクロポリスのベンチに腰掛けているとなんかいろいろどうでも良くなってしまって、嫁さんから届いていたメールを読んで昨晩食事をした中華屋のあるシンタグマ広場で合流することにした。

昨晩 0 時近くまでいた中華屋には同じ面々がいて店を営業していた。この人たちはよく働くなぁと感心しながら店に入って食事を注文した。ギリシャ人は働かないと日本のマスコミでは言われるけど、アテネのこの中華屋の人たちも、サントリーニ島のホテルの人たちも、朝早くから夜遅くまでとてもよく働いていた。実は EU の中でギリシャ人の労働時間は結構長い方だという記事もある。新聞やテレビで見るのと実際に訪れてみるのではずいぶん事情が異なるなぁという思いを強くした。

昨夜の店内には現地のギリシャ人の客しかいなかったが、この日の店内には中国人だらけだった。

中国人の観光客はギリシャにいっぱいいたが、不思議なことに彼らは昼間はそこかしこにいるのに、夜になると潮が引いたかのようにさっと姿を消す。それは見事なものだった。夜の街を出歩いて中国人の姿を見かけることはないし、盛り場に行っても夜に中国人の姿を認めることはできない。

ミコノス島で二日連続通ったレストランの面白ウェイター氏によると、中国人はあまり良い旅行をしていないそうで、一泊ずつ街を転々とするのだそう。ひょっとしたら毎朝早い時間に宿を出て次の街に向かわなければならないから彼らは夜の街に姿を見せないのかも知れない。

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食事のあとはシンタグマからプラカ地区の土産物屋を冷やかしたりしながら宿のある方向に向かって歩いた。途中土産物を買うため嫁さんとアクロポリスのあたりで別れ、自分は一人で宿まで預かってもらっていた荷物を受け取りに行った。

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地下鉄駅で嫁さんと合流して、再びアテネ空港に戻り、自分が行ってみたかったクロアチアのドゥブロヴニクに向かった。待ちに待ったときが来た、という感じだった。

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2015年6月19日サントリーニ島からミコノス島への移動は3時間程度だった。乗船したのは Hellenic Seaways の Highspeed 4 という船で、高速フェリーのためデッキに出て...

Little Venice

2015年6月19日

Santorini to Mykonos

サントリーニ島からミコノス島への移動は3時間程度だった。乗船したのは Hellenic Seaways の Highspeed 4 という船で、高速フェリーのためデッキに出て外を眺めることができなかったが、船内は広く、売店もあり、エコノミークラスでも客席は足下が広々しており快適そのものだった。アテネ−サントリーニ間をフェリーで移動するのは時間がかかるので時間に余裕のあるバックパッカーとかでないと難しいかもしれないが、ミコノス−アテネ間であればちょうど良いと感じた。

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2015年6月15日14 日夜 8 時に福岡を出発して羽田でカタール航空のアテネ行きに乗る。カタールで乗り換えてアテネに 15 日の昼に到着した。アテネに着いてまずは現金を引き出そうと ATM ...

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2015年6月15日

14 日夜 8 時に福岡を出発して羽田でカタール航空のアテネ行きに乗る。カタールで乗り換えてアテネに 15 日の昼に到着した。

アテネに着いてまずは現金を引き出そうと ATM に新生銀行の PLUS マーク付きカードを入れてみるが、引き出すことができない。 10 年前にヨーロッパを旅行したときは新生銀行のカードでドイツでもチェコでも、円預金を現地通貨で引き出すことができた。同じようにして現金を引き出そうと思い、 ATM にカードを入れるが、事前にインターネットバンキングかなにかで手続きを行っていないと、海外 ATM での引き出しができないようだった。そういえば一時期新生銀行のカードをスキミングして海外で不正に引き出すという犯罪が横行したので、何も設定してない場合は海外での引き出しができないようなルールに変わったのかも知れない。日本では羽田の三井住友銀行の両替所で €60 両替しただけだったのでユーロを現金でほとんど持っておらず、またギリシャの両替レートは日本で €1 = ¥141 だったものが €1 = ¥151 もして最悪のレートで、到着するや否や空港の到着ロビーで派手に夫婦げんかをした。

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結婚して新婚旅行に行ってなかったので、新婚旅行代わりに息子殿もつれて三人でギリシャとクロアチアに行ってきた。アテネまでの飛行機はカタール航空で、アテネからギリシャの島々への飛行機、フェリー、クロ...

Thira, Greece

結婚して新婚旅行に行ってなかったので、新婚旅行代わりに息子殿もつれて三人でギリシャとクロアチアに行ってきた。アテネまでの飛行機はカタール航空で、アテネからギリシャの島々への飛行機、フェリー、クロアチアへの飛行機、すべての宿泊は自分たちで手配した。いわゆるツアーではない旅行をしてきた。

Dubrovnik, Croatia

航空券や宿の手配は結婚式の準備や住宅の建設と同じようにつらく、また旅行中は飛行機の欠航があり大変な思いをした。いまはみんな海外旅行は行ったことあると思うけど、家族で、しかも子連れで旅行に行くときには一人で行くときとは勝手が異なるということがわかったので、得られた知見をシェアさせていただきます。

1. 飛行機はホールチケットを買う

旅程に乗り継ぎが発生するような移動がある場合は、途中の遅延・欠航時のリスクを旅行者自身が負わないためにホールチケットにするのが良い。ギリシャのミコノス島からアテネを経由してクロアチアのドゥブロヴニクに移動する際、我々は個別にチケットを買っていたため、ミコノスからアテネへの便が欠航したときに発生した損害(アテネ => ドゥブロヴニクのチケットの予約変更費用)を自分たちで賄わなければならなかった。ミコノス => アテネ => ドゥブロヴニクを一つの航空会社を窓口にして買っておけば、遅延が発生したときの振り替えや代替輸送はチケットを購入した会社が責任をとって手配してくれる。

またドゥブロヴニクではボスニア=ヘルツェゴビナのモスタルという街への日帰りエクスカーションを予約していたが、飛行機の欠航により参加することができなかった。キャンセルを申請したが、キャンセル時の Refund がない代わりに安くなるタイプの予約を選んでいたため、返金してもらうことができなかった。数百円増しで事前キャンセルが可能になるタイプの支払いオプションもあったので、海外で日帰りツアーなどを日本から予約する場合にはそういうオプションを選んでおくのが正しいと思った。外国は日本ではないので何が起こるかわからない。リスクは極力負わない方がよい。

2. クレジットカードの付帯保険を過信せず海外旅行保険に入る

クレジットカードの付帯保険には飛行機遅延やロストバゲージの補償はついていない。学生旅行と違って子どもがいたりする家族での旅行では、飛行機に乗れなかったときに発生する被害額が大きくなりやすい(飛行機のチケットの変更手数料、宿のキャンセル料などなど)。ゴールドカードなど特殊な付帯保険があるカードを保持しているのではない限り、少々お金がかかっても海外旅行保険に入っておく方が良い。

3. 日本円を現地で両替しない

日本円をギリシャで両替しようとしたら恐ろしくレートが悪かった。羽田空港の国際線ターミナルには三井住友銀行の両替窓口があり、ここのレートは €1 = ¥141 だったが、ギリシャの両替レートは €1 = ¥151 と 10 円も悪かった。しかし最強なのはクレジットカードの海外キャッシングで、 JCB カードでキャッシングして ATM で降ろしたところ、 €1 = ¥139 で引き出すことができた。しかもこのレートは手数料込みである。キャッシングなので年率 18% の金利がかかってしまうので帰国後に迅速に返済する必要があるが、賢く使えば一番有利なレートでユーロが引き出せる。新生銀行の口座にある円預金も海外で現地通貨として引き出せてレートは悪くないはずなので活用してみるといいと思う。ただクロアチアに関しては円とクロアチアクーナの両替レートは決して悪くなかったので、渡航先によりけりかも知れない。少なくともギリシャの場合はキャッシングの方がはるかにレートが良かった。

4. tripadvisor でレビューを見て Booking.com で予約する

今回旅行をするまで知らなかったのだけど、 tripadvisor というサイトが旅行者向けの情報をたくさん提供していて、旅行者向けの食べログ的な地位を確立しつつある。このサイトで宿やレストランのレビューを読むことができる。また Booking.com という YAPC 2014 のスポンサーにもなってたりするサイトで宿を予約するのが良い。宿泊予定の宿について、地図が添付されたメールが送られてきて便利。実際に宿泊した人のレビューが読めるのもサイコーだ。

5. なるべく連泊する

ギリシャのサントリーニ島は宿泊費が高くて同じところに連泊できなかったため、一日一日宿を転々とした。しかしこうすると昼間の時間を宿で過ごすことができず、毎日チェックアウトしては次の宿にチェックインしての繰り返しになり、旅行というより移動になってしまう。少々コストがかかったり場所が悪かったとしてもなるべく同じ宿に連泊して街の散策を楽しむ方に力を注いだ方がよい。

6. 洗濯屋を利用する

日本人の感覚だと他人に洗濯を頼むということに抵抗があるかもしれない。しかし外国にはセルフサービスのコインランドリーは少ない。かといって手洗いで毎日洗濯をしていると寝るのが遅くなったりして観光する時間が削られてしまう。洗濯は洗って干して乾かして畳んでという作業にかなり時間をとられる。自分は今回の旅行でセルフサービスのコインランドリーが見つからず、仕方なく洗濯屋を利用してみたのだが、非常に快適だった。洗濯物の量に関係なく値段は €10 ほどで、きれいに洗って畳んでもらって 3 時間で仕上がった。洗濯してもらっている間は自分の身は自由なのでその時間を観光にあてることができ、非常に有意義だった。

7. 子どもを連れて行く

子どもを実家に預けて夫婦二人で海外旅行に行く、という選択肢もあったかもしれない。しかし二週間ほど外国に連れて行っただけでも息子殿はハローとかバーイとか言うようになったし、 "What's your name?" と聞かれて名前を答えるようになった。また子どもをきっかけに他の家族連れや現地の人と話すきっかけができたりす。ベビーカー(ベビーカーは和製英語なので stroller と言わないと通じない)を持って行ったりとか大変な部分はあるが、連れて行って良かったと思う。

8. 水を飲み炎天下を避ける

夏のヨーロッパには初めて行ったが、地中海沿岸地域の夏は湿度が低くて過ごしやすいに違いないと思っていた。確かに湿度は低く日陰は涼しくて過ごしやすいが、強烈な太陽と乾燥で、モンスーン気候に適応した日本人には非常につらかった。夏なのに唇がひび割れてリップクリームが欲しいと感じるのは初めてのことだった。意識して水を飲まないと確実に脱水症状を起こす。またギリシャの太陽は強烈で日も長いため、正午から午後 4 時くらいまでは飲食店に入るか宿で休むなどして炎天下に身を置き続けないようにしないと危ない。恐らくイタリアや南フランス、スペイン、ポルトガル、北アフリカも同じような気候だと思う。帽子やサングラス、日焼け止めも忘れずに。

9. 中学英語を復習する

英文でメールを書いたり英文を読んだり英語で人が話しているのを聞いたりするのはだいたいできるのではないかと思う。しかし話すのが難しかった。腹減った、ビール飲みたい、トイレ行きたい、これ買いたい、荷物預かっててちょんまげ、お釣りちょろまかしてんじゃねーぞこのタコ、飛行機欠航とかふざけんな金返せコノヤロー、みたいな英語は、英文のニュースを読んだりしてるだけでは話せるようにはならない。中学校の英語の授業で習うような英会話文が一番実用度が高い。英語の読み書きには自信がある人でも、旅行前は旅の英会話とかをさらっと学習してフレーズごと覚えといた方がいいと思った。

10. SIM Free の WiFi ルーターがあると便利

スマートフォンになれきった現代人は、日本にいるときと同じようにインターネットにアクセスできなかったら死んでしまうと思う。しかし日本以外の国でインターネットを使うとローミング料金が高額で帰国後にまいっちんぐになってしまう。いまは海外でもパケ放題になるようになったが、それでも一日 2980 円もして、一週間の旅行でも 20000 円オーバーになる。海外向けのレンタル WiFi ルーターもあるにはあるが、一日 880 円程度費用がかかったり、一部の国には対応していなかったりする。

日本以外の国はプリペイドの SIM カードを比較的安価に買うことができ、 SIM フリーの WiFi ルーターにそいつを挿して使うと現地で日本にいるときと同じようにツイッターやホェースブックが使えて便利。道に迷ったときにも Google Maps でさくっと検索できる。ただヨーロッパの観光地の飲食店には必ず無料の WiFi があるので、インターネット使うときには店に入ればよいと割り切れる人には必要ないかも知れない。自分は解約済みの EMOBILE の Pocket WiFi GP02 を所持していて、この端末は海外の SIM カードに対しては SIM ロックがかかっていなかったので、現地で購入したプリペイド SIM カードを挿入して使ってみた。非常に便利だった。

ただ iCloud のフォトストリーム同期を on にしていると、日本国内では 4G 回線や 3G 回線では同期を行わないフォトストリーム機能が、 iPhone からは WiFi ルーターも固定回線の WiFi も区別できないので同期を行ってしまい、データ通信があっという間に上限に到達してしまうので注意が必要。 旅行中はフォトストリーム同期は Off にしておくことが望ましい

なお WiFi ルーターは電池の消耗が激しいので Anker のモバイルバッテリーとチャージャーがあると高速に充電できて快適。


旅行して帰ってきた日の新聞にはギリシャデフォルト間近とか ATM で預金を引き下ろすために並ぶ人多数とか書いてあったけど、自分が現地にいたときには特に混乱もなく、ぎりぎりのタイミングで無事旅行できたのかなと思う。いまの時期にギリシャに行きたいと思う人は少数派かもしれないですけど、何かの参考になれば幸いです。個人的にはクロアチア最高でした。旅行記を別の記事として書きます。

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病院があったので五月の第二週に関西をうろついてきた。.flickr_badge_image { float: left; margin: 3px; }5月の京都はとても良い。あんまり込んでないし...

病院があったので五月の第二週に関西をうろついてきた。

5月の京都はとても良い。あんまり込んでないし。たしかに秋の京都の紅葉は美しいが、あまりに人が多すぎる。それよりは5月の新緑をゆっくり眺めるのが良い。もみじの新緑が非常に美しく、また気候も暑くもなく寒くもなく、町歩きにちょうどいい。

今回は初めて神戸にも行ってみた。山と海が近くて、九州でいうなら別府に地形が似てると感じた。独特の街並みが印象的で、一度泊まりがけでゆっくり観光してみたいと思った。

神戸はTwitterで知り合った青木ヨーマさんに案内してもらった。三ノ宮から新開地というところまで歩いて、競艇だか競輪だか風俗だか帰りのおじさん達に混じって、昼間から安い飲み屋でビールを飲んだ。若いヤンキーっぽい感じの女の子たちが給仕をしていて、接客されてるっていうより説教されてるみたいな感じ。いちいち恐縮しながら注文した。

この店は基本的におじさん達が友達同士でやってきて(女性客はほとんどいない)、ギャンブルの話なんかをしながら飲んでるんだけど、なかには一人でやってきて、競馬中継をラジオで聞きながら、あるいは文庫本を読みながら独酌するおじさんが何人かいてすごくクールだった。30分くらいいてほろ酔いになったらささっと出ていくの。とてもかっこいい。自分ももう少し歳をとったらこういう酒の飲み方をしたいと強烈に思った。

以上、とりとめがないけど五月に関西に行った話。

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『悲しきアンコール・ワット』という本を読んだ。アンコールワットは東南アジアを代表する遺跡だ。僕も去年10月にカンボジアを訪れて圧倒された。石で作られた遺跡の数々のクオリティはとんでもなく高い。是...

『悲しきアンコール・ワット』という本を読んだ。

アンコールワットは東南アジアを代表する遺跡だ。僕も去年10月にカンボジアを訪れて圧倒された。石で作られた遺跡の数々のクオリティはとんでもなく高い。是非とも一生に一度は訪れる価値のある場所だと思う。

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盗掘

カンボジア政府によると、カンボジアにはアンコールワットの他にも仏教やヒンズー教の遺跡が1000ヶ所以上あり、文化財がたくさん残っている。しかし植民地支配や内戦など不幸な歴史が折り重なり合い、盗掘が相次いできたらしい。

古くはタイのアユタヤ朝との戦いに敗れてアンコールワットの美術品が戦利品として持ち去られたし、フランスの植民地支配時代にはアンコールの仏像の美しさに魅せられた不心得なフランス人達が遺跡から仏像を切り取ってフランスに持ち帰るなどした。

第二次大戦後に独立を果たしたものの、貧しさのために盗掘はエスカレートし、内戦期やポル・ポト派が国を支配した時代には公然と文化財がタイへ持ち出され、世界中に密輸された。

1993年にポル・ポト派とフン・セン派で停戦合意し、その後はカンボジアに平和が訪れ、遺跡の盗掘も止むかと思われたが、事態はそう単純ではないようだ。というのも現政権の政府軍は、断続的にポル・ポト派を吸収するかたちで成立しており、軍の要職をポル・ポト派の元幹部が担っているらしい。従って地方によっては政権の力が及ばず、賄賂を握らされた軍人達が盗掘を黙認しているケースもあるそうだ。

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模造品

知らなかったのだけど、あんまりにも盗掘が多いものだから、カンボジアの遺跡仏像はこっそり模造品とすり替えられているものもあるそうだ。だから僕がアンコールワットなんかで見たもののうちの何割かは模造品だったのかも知れない。

また盗掘のみならず、模造品を本物として輸出する偽物ビジネスも横行しているのだそうだ。模造品製作の技術は遺跡の修復のためにも是非とも伝承していく必要のある技術であり、技術を得た職人達が偽物製作に手を染めたりせず、遺跡の修復だけで食べていけるようになるのが望ましい姿だと思う。

いまでも盗掘に手を染めるカンボジア人には、長期的に考えれば、先祖が残した遺跡を守ることが子や孫達の幸福に繋がることに気付いて欲しい。盗掘で荒らされた遺跡ばかりでは、外国人観光客もやってこなくなる。

そして密輸された遺跡を買ってるヨーロッパやアメリカや日本やシンガポールやタイの金持ち達に言いたい。アンコール遺跡の仏像はあの照りつける太陽の下、あるいは日が沈んだ静かなアンコールワットで見るから素晴らしいのであって、自宅に飾るもんじゃない。金にものを言わせてよその国の国宝級の美術品を自分の手元に置くなんて下品極まりない。

仮に遺跡に設置してある仏像が模造品であったとして、カンボジアの遺跡はカンボジアの太陽の下で、土埃の中で、においの中で見るのが一番だ。少なくとも自分は、夜の闇の中に照らし出されるアンコールワットの彫刻を見て、昔のクメール人達がどんなことを考えていたかが分かったような気がした。

蛇足

カンボジアの話とは直接関係ないのだが、ベトナムについての話が面白かった。カンボジア人はベトナムに対して複雑な感情を持っているらしい。歴史的に大国のベトナムに領土を圧迫されてきた経緯があるし、仏領インドシナだったときには、フランス人は自分たちの下にベトナム人を置き、ベトナム人にカンボジアを統治させたそうだ。

ベトナム戦争終了後に、ポル・ポト率いるカンボジアと統一したベトナムは戦火を交えることになるのだが、ベトナム統一後に取材でホーチミンを訪れた著者(著者の本職はカメラマン)は、ホーチミンと名前を変えられたはずの都市が旧称のサイゴンのまま呼ばれていることを知り驚いたらしい。統一したといっても南ベトナムは南ベトナムであり、住んでいた人達が入れ替わるわけではない。カンボジアに派兵されたベトナム軍は元南ベトナム出身者で構成されていたようで、歴戦のベテランではなく、5万人が亡くなった。ホーチミン市内では物乞いをする手足を失った傷病兵の姿を見かけることがあるが、旧北ベトナムのハノイではそのような姿を見かけることはないのだそうだ。北ベトナムが南ベトナムを支配していた、という構図がかいま見える。

さらに蛇足

この本は2004年の本だが、シェムリアップはかつてのネパールのカトマンズのようにバックパッカーの聖地になっており、アンコールワットの遺跡に登って朝日を眺めながらマリファナを吸うのが彼らにとって最高らしいみたいな記述があった。少なくとも半年前に自分が訪れたシェムリアップは割と安全な観光地で、朝からアンコールワットに登ってマリファナ吸ってたりしたら怒られるんじゃないかな? 欧米人のバックパッカーも多いけど、年寄りの欧米人旅行者の姿も結構目に付いた。そういうわけでちょっと情報が古いというか、現状とは認識が異なっていると思う。いまのカンボジア、少なくともシェムリアップは安全に観光が出来る良いところだと思う。

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 カンボジアでガイドを付けるときは、現地人のガイドを雇うのが暗黙の了解みたいになってるらしい。現地の人の雇用を確保するために現地人ガイドを雇うことは良いことだと思う。我々はガイドは頼まなかったけ...

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 カンボジアでガイドを付けるときは、現地人のガイドを雇うのが暗黙の了解みたいになってるらしい。現地の人の雇用を確保するために現地人ガイドを雇うことは良いことだと思う。我々はガイドは頼まなかったけど、他の旅行者のガイドを見る限り、みんな公務員っぽい感じの制服を着てて、礼儀正しく、言葉もうまい。英語ガイドの他にフランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語ガイドの姿を見かけた。僕が見かけたドイツ語ガイドや中国語ガイドの人はもうその国の人になりきっていて、まるでネイティブスピーカーのガイドみたいに流ちょうな言葉で案内していた。しかしそれでも恐らく留学経験はないはずだ、と一緒に旅行した親戚のお姉さんが言っていた。カンボジアで留学できるほどの金持ちなら旅行ガイドなんてやってないはずだからだ。

 面白いのだけど中国語ガイドの人は、中国人観客がそうであるように、とても大きな声で話していた。日本語ガイドやドイツ語ガイドは、幾分トーンを落とした声で案内していた。とても不思議だったけど、言語ごとの声の大きさってのがあるのかもしれないと思った。

 カンボジアには日本人観光客も多いけど、韓国人観光客も沢山いる。シェムリアップの幹線道路沿いには沢山ハングル文字の看板が出てて、正直驚いた。でも韓国人観光客は韓国人宿に泊まり、韓国料理店で食事をし、韓国人経営のお土産屋で買い物をし、全然カンボジアにお金を落としていかないと、カンボジア人のドライバーが愚痴をこぼしていた。さらにはガイドまで韓国から連れて来るので、カンボジア人にはすこぶる評判が悪い。現地ではカンボジア人ガイドと韓国人ガイドの間で暴力沙汰に発展したというニュースが報じられていたほどだ。

 貧しいカンボジアにとって外資の受け入れは必要なことなんだろうけど、一国に偏ると後々問題に発展しそうな気がしないではない。