きっかけ

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今年の三月、持病の経過観察で京都に行きました。病院の合間に下鴨神社と上賀茂神社にお参りしたり、六波羅の平家ゆかりの寺、六波羅蜜寺に行って平清盛像を鑑賞したりしました。帰る日の夕方にはヒトデ909さんのありがたい法話を聞きながら銅製のタンブラーでビールを飲みました。しかしこのとき僕はすでに肛門近辺の痛みのためまっすぐ座ることが出来ず、お尻の左半分で椅子に腰掛け、右半分は空中に浮かせていました。ヒトデ909さんのありがたい法談も半分くらいしか耳に入っていませんでした。

僕が痔ろうを発症したのは恐らく京都に行った前の週に参加した故郷での同窓会です。同窓会は阿蘇いこいの村という宿泊施設でとり行われました。阿蘇いこいの村はテニスコートがありますので、学生時代にテニスサークルで痴情をもつれさせていた紳士淑女のみなさんは泊まってみるといいと思います。

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僕は当初二次会には参加せずに帰ろうと思っていたのですが、参加者が少ないので協力して欲しいということで二次会に参加してしまいました。しかしこれが間違いでした。僕はインターネットの人と会ったときは饒舌なのですが、中学や高校の同級生と会ったときは寡黙になってしまいます。二次会では会場の隅っこに立って一人で延々キャラメルのリキュールを牛乳で割った液体を飲んでいました。これが全然酔わない。酔わないし手持ちぶさたなのでどんどんキャラメル牛乳酒を飲んでしまいます。これがまずかった。翌朝、下痢をしてしまったのです。

若い頃は飲み過ぎると吐いていました。しかし30歳になったあたりから酒を飲み過ぎると下痢をするようになりました。アルコールが体から抜けるまで下痢は治まりません。まぁ吐くよりかは楽なのですが、下痢は恐ろしいことに痔ろうの原因になるのです。

痔ろうはいきなり痔ろうにはなりません。まず最初、肛門周囲膿瘍というやつになります。お尻の穴の近くにおできが出来るのです。しかしこれは単なるおできではなく、肛門と直腸の間にある肛門陰窩というくぼみに下痢ピー状態のうんこが入り込んでしまい、そこが化膿してお尻の穴の近くまで膿を内包した袋が延び、肛門近辺におできを作ります。こいつがすこぶる痛い。38度程度の熱が出ます。このおできのことを肛門周囲膿瘍といい、おできから直腸のあたりまで繋がっている状態を痔ろうと言います。

告知

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関西から夜の飛行機で帰ってきて眠りにつきますが、翌朝目が覚めたときには体がだるく、ただならぬ状態であることを悟りました。会社には遅れる旨連絡を入れ、天神近辺にある肛門科を探しました。

肛門科では見るなり肛門周囲膿瘍である旨告げられました。切開をして膿を出さない限り心の平安は訪れないそうです。僕は承知をして切開してもらいました。熱は下がりましたが、これからが地獄でした。

排膿したので熱は引きますが、傷口は相変わらず痛みます。傷口のろう管にガーゼを詰め込まれました。そしてさらに上からガーゼで傷口を圧迫される。僕は会社用と自宅用に円座クッションを二つ購入しました。会社では岡村製作所のバロンという上等な椅子に座らせてもらっているのに、この上に円座クッションを載せて座っていてなんだか残念な感じになっていました。

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傷口はお尻の穴の近くなので当然お尻の穴の上もガーゼに覆われています。最悪なことに大便でトイレに行くたびにガーゼの張り替えをしなくてはなりません。お尻の穴なんて自分では見えませんから、ガーゼの張り替えは困難を極めます。当然シャワーを浴びた後もガーゼを張り替えなければなりません。僕は毎日月経中の女性のように小さなポーチを持って個室トイレに入り、ガーゼを交換していました。

手術

切開から一ヶ月が経つ頃には傷口は落ち着き、ろう管に詰め込まれたガーゼも取り出してもらえます。通常の生活ができるようになった! しかしこれはつかの間の喜びなのです。切開後一ヶ月ないし二ヶ月を目安に、痔ろうを根治するための手術をしなければなりません。痔ろうとは放っておいても直らない病気なのです。

痔ろうは昔から多くの人を苦しめました。夏目漱石も痔ろうだったと言います(日本人編 近現代|じなび - 痔の総合情報サイト -)。昔は痔ろうの手術のために肛門を切り開いてろう管をそぎ取ったりしていたそうですが、最近はシートン法というものがあり、手術のために入院する必要はなくなりました。しかしこれもすこぶる痛かった。

シートン法とは肛門と痔ろうの管を輪ゴムのようなもので縛り、ゆっくりゆっくりと肛門周辺の組織を切り取っていく治療方法です。手術自体は局所麻酔と内視鏡で終わりますが、術後に地獄のような日々が待っています。せっかく傷口から膿が出なくなっていたのに、ゴム紐で肉をゆっくりと切っていくため出血したり膿が出たりします。異物が体に入り込んでいるので椅子に腰掛けるのは不可能になります。自宅では無印良品の体にフィットするソファに覆い被さるような姿勢で過ごさざるを得ませんでした。

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しかも最悪なことにシートン法のゴム紐は一週間に一度締めなければなりません。ゴム紐は肉を切っていくので、だんだん締め付けが緩くなっていきます。定期的に締め付けを強くしないと治療が進まないのです。この締めるときがまた痛い。ある日昼休みに病院に行って締めてもらったら、あまりの痛さに耐えられなくなってしまって午後から会社を早退してしまいました。

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結局、3月初旬に排膿のための切開をしてから6月まで地下鉄で椅子に座ったことがありませんでした。外出するときも歩き疲れたからと喫茶店に入って休むということが出来ず(お尻が痛いので椅子に座って休憩することができない)、かなりのスリルをあじわいながら生活していました。梅雨入り前の暑い日、出来心で海まで歩いて行ったのですが、炎天下に歩き続けて疲れて歩けなくなったらどうしようと気が気ではありませんでした。疲れ果ててもう歩けないと思っても、ケツが痛いためタクシーに乗ることが出来ないのです。まさかこんなことでは救急車なんて呼んでもらえないだろうしのたれ死ぬしかありません。

シートン法のゴム紐がとれたときには涙が出るほどうれしかったです。そのときのツイートです。

ゴム紐がとれたことがうれしくて、ワイフと二人で大ライスを食べて祝いました。

まとめ

僕はラーメン二郎のことは愛していますが、痔ろうのことは大嫌いです。


この記事は 拡散お願いしますアドベントカレンダー2012 の13日目の記事でした。

明日は @fuba さんです