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 昨日の日経「医の再設計」という連載記事によると、厚労省が発表した医療制度改革試案では医療費抑制の中長期策の目玉に、生活習慣病対策と入院日数短縮が掲げられていたそうだ。しかし実効性には不透明な部分も大きいとか。

 まず、生活習慣病対策として健診の強化が挙げられていた。それで平成25年度の医療費を2兆円規模で減額できる見込みとか。しかし健診を強化するには費用がかかる。その費用を捻出するのは健保などだから、結局は保険加入者の負担、要するに国民の負担が増えるわけである。これは自己負担率増と同じで需要サイドへの調整である。

 しかし医療費抑制に成功したフランスなどの例を参照する限りでは、患者の窓口負担を引き上げても医療費抑制には大した効果はなかったそうだ。

 それで議論の対象になるのが、供給サイドへの調整。日経の記事によれば、日本の人口1000人あたりのベッド数は先進国のなかでも突出したものなのだそうだ。さらには平均入院日数も主要国の2倍以上の40日間と非常に長い。医療費高騰を招くはずである。Continue reading...

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 久しぶりに映画を見た。『愛についてのキンゼイレポート』というもの。実在したぶっとんだ人物の物語である。率直な感想を述べると、とても面白かった。

 生物学者のキンゼイは、自分自身の結婚を機にセックスについて興味を持つようになる。キンゼイのペニスがあまりにも大きすぎて、うまく妻の性器に挿入できなかったのだが、医師に相談してうまいセックスのやり方を知る。それ以来、セックスについて悩みを持っている学生の相談に乗るようになり、次第に他人のセックスがどのようなものなのか興味を持つ。昆虫の採集と同じように人々の性体験を収集するようになり、本を出版。全米で物議を醸す。

 キンゼイは言う。人間は社会的な制約で性欲を押さえ込みすぎている。セックスは隠すべきものではない。また、ほ乳類では同性愛は珍しいことではなく、他のほ乳類は同性とセックスをすることがしばしばある。だから人間が同性とセックスとしてはいけないということはない。下らない道徳観はかなぐり捨てるべきだ。みんなもっとセックスについて知らなければならない。

 有言実行と言うべきか、キンゼイはついには同性とのセックス経験のある助手(もちろん♂)と関係を持ってしまう。それを包み隠さず妻に打ち明けると、妻は激しく悲しむ。しかし悲しむ妻に対して「君も浮気をしてみるべきだ」などと素っ頓狂なことを述べる。それを察知したのか、キンゼイと関係を持った助手が妻とセックスさせて欲しいとキンゼイに申し出る。自分自身浮気をしたことがある手前、断ることが出来ないキンゼイは己の了承のもと妻を助手に寝取られてしまう。このあたり結構えぐい。後半では研究グループのメンバーが増えるのだが、各々自分の妻と他人の妻を交換して乱交する始末。もはや意味不明。

 その後もキンゼイは鬼畜路線をひた走る。絶頂に到達する瞬間、女性器はどうなっているのかを映像に記録するため、”ハメ撮り”にまで手を出すのだが、あるとき性犯罪者とのインタビューで己の性犯罪暦を誇らしげに語る彼に違和感を覚える。そんななか、研究グループのメンバーが他人の妻とのセックスを単なる”摩擦運動”として割り切れなくなり、肉体以上の関係になってしまう。この辺りから、キンジーはそれまで考慮してこなかった愛について考えるようになる。

 俺はやはりセックスはただの摩擦運動ではないと思う。人間と人間があんなに近距離で目と目を合わせて共同の行為をするのだから、セックスをするためにはお互いが相手に対して好印象を持っていなければならないし、仮に相手に対して好ましい印象を持たないまま性交渉が始まったとしても、行為を重ねていくうちに愛情が目覚めていくのではないかと思う。だから愛情のないセックスなんてのは存在しないのではないだろうか?(もちろんレイプは別物である)

 それにしても妻役のローラ・リニーは綺麗だった。俺だったらあんな綺麗な奥さんがいたら、絶対浮気なんてしないし、ましてや同性愛にはまったりなんてしないけどな。綺麗な奥さんがいて彼女と素晴らしいセックスが出来るのなら、他人の性生活なんてどうでもよい。しかしキンゼイは違った。自分の興味が趣くままに、全米を巻き込みトンデモナイ方向へと向かっていった。

 しかし一方で、キンゼイが行ったような活動は必要だったとも思う。映画の冒頭で、あるカップルがセックスの仕方が分からないとキンゼイのところに相談に来る。聞けば前儀もせずにいきなり挿入しようとしている。結婚したばかりのキンゼイがうまくセックスできなかったのも、前儀をせずにいきなり挿入を試みたからだった。挿入する前には指や舌を使って女性器を刺激するということを、20世紀前半のアメリカ人は知らなかったのだ。この頃のアメリカでは、自慰は寿命が縮まりアホになるのでやってはいけないといわれていたし、オーラルセックスはその後妊娠できなくなるから御法度であるとされていた。

 キンゼイが唱えたように、セックスの仕方というのは、ある程度は誰かが教えるべきなのではないかと思う。明治以前の日本の農村では、夜になると若い未婚の男女が集まる小屋があって、そこで未経験者は経験者から性の手ほどきを受けたのだという。しかし明治維新後、西欧から持ち込まれた近代社会のシステムは、性に関わるもの一切を禁忌としたから、生殖活動可能な年齢になってもセックスの仕方が分からないというケースは沢山あっただろう。明治時代の小説でもそういうものをテーマにしたものがあったそうな(この辺は小谷野敦の『もてない男』に詳しい)。今でこそエロビデオが氾濫し、中学生くらいからみんな一応のセックスの仕方を知っているだろうが(AV男優のやってることをまんま真似したら即効で彼女に振られるだろうけどw)、各家庭にVHSが普及する前はセックスの仕方が分からず困っていたカップルは沢山いたのではないだろうか。

 でも不思議なことに、ビデオやネットでいくらでも猥褻物が氾濫しているというのに、出生率は下がっていくんだよなぁ。逆にビデオやネットが普及してない半世紀前の日本や、発展途上国の方が出生率が高かったりする。まぁ猥褻文化と出生率なんてなんの相関もないんでしょうけど、皮肉なものではあると思う。

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 意外なことだが、ディーゼルはハイブリッドと並ぶ環境に優しいエンジンなのだそうだ(15日の日経朝刊)。ディーゼルは目に見える廃棄物と目に見えない廃棄物があって、これは二律背反でどちらかを少なくしたらもう一方が増えるのだそうだ。日本では目に見えない方の廃棄物が厳しい規制の対象となっていたため、ディーゼル車といえば汚らしい黒煙を吐き出し、上り坂をとろとろ走る悪い車というイメージが定着してしまった。しかしヨーロッパではディーゼルは燃費が良く、廃棄物も少ない環境に優しいエンジンだと認識されているのだそうだ。欧州の新車の二台に一台はディーゼル車なのだとか。そのくらいヨーロッパではディーゼルがフィーバーしているとのこと。日本に住んでいると、日本の自動車メーカーのハイブリッドエンジンだけが唯一無二のエコシステムのような気がしてくるが、ヨーロッパの自動車メーカーはディーゼルに力を入れ、かなり高度なディーゼル・エンジン技術を蓄えているらしい。ディーゼルエンジンのEクラスなんて想像できないけど、まさにところ変わればである。

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 楽天によるTBS株買収のニュースが世間を騒がせている。この問題を扱う報道番組などでよく出てくる言葉が、「公共性」。大方のメディアが同業者のTBSを公共性といういかにも清廉な感じのする言葉で擁護している。曰く、「放送局は公共性を備えていなければならない、だから楽天のような企業が放送局を買収しようとするのは不届き千万」云々。

 放送局に公共性が必要なのは分かる。しかし「はぁ?」と言いたくなってしまうのは、既存メディアの自信。自分たちこそが公共性、民意の代表者であり、楽天のような成金企業には公共性はないという根拠のない主張。放送局は選挙で選ばれた人たちが集って出来ているわけではないし、ただの一民間企業に過ぎないのである。それなのに声高に世間の代弁者を気取るのは止めて欲しいと思う。既存メディアこそが、郵便局や農協をも上回る既得権にぶら下がる集団なのである。

 ぶら下がり運動はほどほどにしておかないと、腰を痛めますよ。

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 HTMLクイックリファレンスを見ていたら、こういうドキュメントに出くわした。

良くないホームページでよく見かける、そして、おそらく初心者が 陥りがちな最も典型的な失敗は、何がしたいのか分からないホーム ページを制作してしまうことです。もし、あなたのホームページが、 「アクセス数はちっとも伸びないし、この先何をしたら良いかも分 からない」という状態の場合には、そのホームページの目的につい て再検証する必要があるかもしれません。

目的や狙いのないホームページは、制作すること自体が目的になっ ていることが多いようです。そのため、制作がある程度まで完了し てしまうと存続させる意義がなくなってしまいます。制作者は、 「せっかく制作したのに誰も見てくれない...。」と途方に暮れ ているかもしれませんが、ユーザーにとっては意味をなさない ホームページですから、見てもらえなくても当然といえば当然と言 えます。

 ぎく、っとした。もうウェブ上に駄文を綴り始めて三年目になるが、未だに俺は“初心者が陥りがちな失敗”の域から抜け出せていない気がする。アクセスカウンターが遅々として進まないのはそのせいだ。同ドキュメントにはこうも記してあった。

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新聞によると、政府は診療報酬の引き下げを検討しているらしい。2-5%の引き下げを健闘しているとか。

診療報酬、来年度2−5%下げへ・政府方針

政府は2006年度に、病院や薬局が治療、調剤をして受け取る際の単価である診療報酬を引き下げる方針を固めた。医療費圧縮を求める小泉純一郎首相の意向による。首相が近く、議長を務める経済財政諮問会議で関係閣僚に指示する。全体の引き下げ幅を2-5%とする方向で調整する。高齢化などもあって膨らむ医療費に歯止めをかけるねらいだ。 診療報酬は医師や保険薬局による検査や治療、投薬、調剤など行為ごとの公定価格。医師の技術料など医療機関への報酬(本体部分)と薬価からなり、ほぼ2年に1度改定する。薬価はほぼ毎回下げてきたが、本体部分を下げるのは02年度の1.3%下げ以来、4年ぶり2度目となる。国民健康保険や健保組合といった公的医療保険の支払額に公費医療も含めた総額が国民医療費だ。 (07:00)

医師会からの反発は必至だが、首相は医療制度改革を衆院選で掲げた「既得権益にとらわれない改革」の目玉に挙げているため、強引に押し切るようだ。 しかし果たして医療費は本当に圧縮されるのか? これははなはだ疑問である。というのは、診療報酬引き下げで患者負担も軽減されるので、みながたいした病気でもなくこぞって病院に詰めかけるようになるのではないか。価格弾力性を考えなければならないのだ。価格が下がれば当然需要は伸びるはずで、その結果売り上げUP=医療費高騰を招くのではないかという懸念を持っている。 これまで何度も主張してきたように、病気の種類によって医療費の負担割合を定めるべきである。重病、生まれながらの障害、不可避的に患った病などの医療費負担は限りなくゼロに近づけ、本人に過失がある症状、例えば二日酔いや飲み過ぎで診療を受ける患者には高額な医療費を請求する。 フランスではすでにこのような仕組みが導入され、高い評価を受けているそうである。ただ医療費を上げるだけでは患者の需要をコントロールできなかったので、供給側の医師にコスト意識を持たせたことが成功につながったようだ。やはりインセンティブコントロールが大事なのである。

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 村上春樹が新作短編集を出している。ただ、これまで二回連続肩すかしを食っているので、読む気になれない。買っても時間とお金の無駄なような気がする。

 『海辺のカフカ』はひどかった。『アフターダーク』はほとんど災厄である。amazonのカスタマーレビューでも辛口意見が多い。かつて村上春樹は評論家にはぼろくそにけなされても、市井の読者の支持はがっちり取り付けていたというのに。アフターダークの書評に良いものがあったので引用。

アフター リーディング, 2004/09/08 レビュアー: come126   東京都 感想を一言でいうと、無理をしすぎているという感じだった。 村上春樹は以前『海辺のカフカ』について、「登場人物にあまりリアリティを求めすぎてはいけない。細部ではなく物語全体を見て欲しい」というようなこと語っていたことがあったが、セリフや行動などあまりにも現実の若者とかけ離れてすぎていて、自分にはこの作品に対する入り口を見つけることができなかった。そこまで現実から乖離した人物像を無理をして描いてまで訴えようとするものは一体何なのだろうか。彼がいう「ボイスの獲得」はいまだ不十分なままであるような気がする。 演劇のスクリプト風の描写や第三者的な語り、硬い心理描写と柔らかい情景描写の織り交ぜなど手法には意欲的な面が見られるものの全体としては詰めが甘くまとまっていないような印象を受ける。 私は思うのだが、なぜ村上春樹は等身大の自分をモチーフに描こうとしなくなったのだろうか。私は少なくとも彼が描く「50代の男の物語」が見たいと思っている。それともそこには語るべき物語はもうないのだろうか。
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