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Castro

最も優れたポッドキャストアプリ

ポッドキャストアプリは Castro を使っているということを以前書いた。

Castro はポッドキャストマニアがポッドキャストマニアのことを考えて作ったアプリで、ヘビーリスナーのかゆいところに手が届くような作りになっている。自分は 2018 年にサブスクリプションに登録してからずっと有料契約を続けている。

Castro の特徴

Castro の特徴

Castro の特徴は以下の通りだ。

ほかのポッドキャストアプリにはない特徴的で美しい UI デザイン

Castro の UI デザイン

  • 音楽プレーヤーの UI をそのまま引き継いだのではない、ポッドキャストの再生に最適化された UI デザイン

キュー( Queue )とインボックス( Inbox )の仕組み

Castro の Queue システム

  • エピソードの受信箱(=インボックス)があり、どのエピソードを次に再生するか選べる(キューの仕組み)
  • 基本的にはキューに入っているエピソードを上から順番に聞いていく使い方
  • お気に入りの番組は常にキューの先頭に入れる、などの設定もできる

  • 購読しているエピソードの概要を検索できる仕組み
  • 購読しているポッドキャストの過去エピソードを聞きたいときにとても便利

Sideloading

  • 動画ファイルから音声を抜き出してポッドキャスト化できる
  • YouTube 動画のほか、会社のミーティングの録画をポッドキャスト化してあとで聞くこともできる

プッシュ通知

プッシュ通知

  • 購読しているポッドキャスト番組の新着エピソードがあるときにプッシュ通知で知らせてくれる(いまはほかのアプリにもあるかもしれない)

不調

このようにポッドキャスト再生アプリとして非常に完成度が高い Castro なのだが、実は 2023 年の年末から 2024 年の年始にかけてサーバー障害を起こしてサービス停止状態に陥ってしまい、一時はほぼ死んだ状態になってしまっていた。

サービス運営を引き継ぐ会社が現れて復活したが、最も優れたポッドキャストアプリがなぜこういうことになってしまったのかを、自分の所感を交えながら書いてみたい。


Castro のストーリー

Castro は立ち上げ以来、 Supertop という会社(インディーデベロッパー)によって運営されてきた。彼らは Padraig と Oisin というアイルランド生まれのプログラマーとデザイナーのコンビだった。 App Store が始まって間も無い頃からアプリを出していた古参デベロッパーで、他の会社の仕事を手伝うかたわらで自社制作のアプリを作っていた。

App Store が始まった頃は無料アプリが中心で、サブスクリプションはなく1、有料アプリの値段はべらぼうに安くて 100 円とか 300 円という売価が中心だった2。儲けを出すのはかなり大変だったみたいだ。

2016 年に App Store でサブスクリプションの対象範囲が拡張されたが3、 Castro もようやくサブスクリプション対応バージョンをリリースしようというタイミングの 2018 年に、 Padraig と Oisin は Tiny という投資会社にアプリを売却している。二人は Tiny のスタッフとして開発を行なうことになった。

投資会社だがベンチャーキャピタルではない Tiny

Tiny という会社はデザイン会社の MetaLab を創業した Andrew Wilkinson によって経営されている投資会社で、ベンチャーキャピタルというよりインディーデベロッパーのビジネスを買い取って成長させることをビジネスモデルとしているようだ。

MetaLab はスタートアップ界隈では有名なデザイン会社で、初期の Slack のデザインを請け負って成功を収めたらしい。

なお Andrew Wilkinson は MetaLab を始める前はカフェでバリスタとして働いていたようで、その縁かコーヒーメーカーの Aero Press にも投資しているようだ。

しかしこの Andrew Wilkinson という人が曲者っぽくて、 Castro を買収したり、ポッドキャスト配信者がリスナーに課金するためのポッドキャストプラットフォーム( Supercast )を作ったりしておきながら、Twitter に「ポッドキャストというものは心を不安定にさせるので電話からポッドキャストアプリを削除した」と書いていたりする。

なぜそんな妙な奴がやってる会社に Castro を売らなければならなかったのか。 Castro 創業者の Padraig と Oisin がやっていたポッドキャスト Supertop Podcast で買収時のことを話していたので聞いてみたが、かなりお金に困っていたようだった。聞いていて切なくなるほどだ。

  • 金がなさ過ぎて正しい判断ができなかった
    • CarPlay 対応しなければと思っていたが、 CarPlay 対応のカーナビを買う金がなかった
      • 友達に検証してもらいながら開発するしかなかった(一回の動作検証に 4 日くらい時間がかかった)
      • たった 500 ドルか 600 ドルすら節約していたが、さっさとカーナビを買って開発を進めるべきだった
    • WWDC に行きたかったが金がなくて行けなかった
      • 行った方がネットワーキングや Apple の開発者たちに質問ができて有意義なはずなのに行くという判断ができなかった
      • 買収の条件に WWDC に行けることを盛り込んだ
  • 買収によってお金のことばかり考えなくてよくなった
    • 毎月決まった日に給料がもらえるのがとにかく嬉しい、お金のために受託開発をする必要がなくなった
    • 短期的なキャッシュのために機能を作っていたが、これで長期的な視点で開発ができる

買収直後に収録されたエピソードでは↑のような話を繰り返ししている。加えて Andrew Wilkinson のことをいい奴だと何度も述べているが、なんだか自分たちに対して言い聞かせてるみたいだった。

Xcode に戻りたい

彼らは 2018 年の 12 月に Tiny に Castro を売ったが、 Padraig は 2019 年の 7 月に Tiny を辞めて Castro の開発から離れてしまった。

彼は Castro を売却したときはマネタイズやサポートなどの開発以外のことに時間を使うことにうんざりしていたので、開発に集中するために Tiny に身売りしたのだと話していた。

しかし Padraig が Castro を離れる際に収録されたエピソードでは、マネジメントや分析、マネタイズばかりやってきて疲れてしまったと話していた。開発に集中するために Castro の所有権を手放したのに、結局開発以外のタスクで疲弊してしまったようだ。表立って言いはしないけれど Tiny との折り合いも悪かったのかもしれない。

iOS Developer から愛されていた Padraig と Oisin

この最終エピソードは次々に彼らの友人がメッセージを寄せていて、無名な人から有名な人まで多くの人からのメッセージが収録されている。 Mac のソフトウェア開発で有名な Panic の面々や、競合ポッドキャストプレーヤーの開発者たちもコメントを寄せている。 Pocket Casts の創業者 Russell Ivanovic や、あの Overcast の Marco Arment のコメントも聞ける。 Marco は Castro が Overcast にない機能を実装しているのを見つける度に悔しい思いをしていたと話している。彼らは競合ではあったが、同じ iOS Developer として情報共有をしていて、友だち同士でもあったみたいだ。

最終エピソードでコメントを寄せている人々の人数は数十人にもおよび、いかに開発者コミュニティで Padraig と Oisin 、そして Castro が愛されていたかがわかる。

Padraig が離れたあともしばらくは機能アップデートが続いていたが、 2022 年の 10 月に Oisin も Tiny を離れ、ほとんど機能アップデートされないようになってしまった。

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Castro の死と再度の身売り

Oisin が Tiny を辞めてしばらく経った 2023 年の秋から様子がおかしくなり始めた。 Castro には購読中のポッドキャストに新規エピソードが追加されたときにプッシュ通知をしてくれる機能があるが、その通知が来なくなり、新着エピソードがあるのかどうかは自分で個別ポッドキャストのエピソード一覧の画面を開いて 2, 3 回手動でリロードしなければならないという感じになってしまった。

そうこうするうちについにはサーバーが全く動かなくなってしまい、新しいエピソードを聞くことすらできなくなってしまった。

一時はサービス閉鎖も噂されるほどで、ほぼ死んだ状態になってしまっていた。

Twitter には「金を返せ」とか「許せない」といった怒号が飛び交い、 Reddit には Castro の代替を探すスレッドが立っていた。

Castro alternatives?
byu/berniestormblessed inpodcasts

自分も Castro の代わりになるものを探してみたが、これというものは見つけられなかった。

障害が発生してからも何もアナウンスはなく、一週間程度経ってからようやくサービスは復旧したが、 Twitter には「 Castro は2ヶ月後にシャットダウンする」と元スタッフが投稿しており、ユーザーの間に不安が広がった。

Castro は公式ブログで Tiny からはじき出され、次の引受先を探していることを認めた。

そんな中、 2024 年の 1 月再度障害を起こしてしまい、ユーザーの不満は最高潮に達して離脱する人が続出した。

救世主

このまま買い手が見つからずにサービス終了するのではととても心配になっていたが、 2024 年の 1 月末に買い手が決まり、サービスシャットダウンの危機は免れた。

買収したのは Instagram の元エンジニアで、いまは個人で Android のポッドキャストアプリ Aurelian Audio を作っている Dustin Bluck という人物(正確には Bluck Apps という開発会社)。買収時のいろいろをポッドキャストの The Changelog で語っている。

レストラン規模の買収額

他に買いたい人がおらず、金額は 6 桁で、スタートアップというよりレストラン規模の買収金額だったようだ。数千万円から一億円の間で買い取ったのだろう。 Instagram で働いていて Meta のストックオプションがあれば個人でもそのくらい用意できるのかもしれない。

買収後はアプリはどんどん良くなってきている。正直なところ最近の UI はあまり好みではないが、サーバー側がきちんとてこ入れされていて、新着エピソードがあればちゃんとプッシュ通知が届くし、何も問題はない。

サブスクリプション価格のてこ入れなんかも行われていて、 Supertop 運営時代にサブスクリプションに加入したユーザーは年間 950 円で利用できていたが(自分もその一人)、比較的最近サブスクリプションに登録したユーザーは 4500 円くらいかかっていたはず。これは不公平ということで全ユーザー一律 3500 円に価格改定された。自分としては高くなるが、いまどきサブスクリプションが年間 950 円というのは安すぎるので 3500 円への価格改定は妥当だと思う。


なんとも言いようのないさみしさ

Castro が復活したこと自体は喜ばしいし、新しいオーナーの Dustin Bluck という人はポッドキャストとポッドキャストアプリのことが好きで Castro というサービスを買い取ったようだ。

ただ Padraig と Oisin がインディーで作っていた頃の輝きは失ってしまったように思う。 Castro はあの Marco Arment も一目置いていたアプリだったのだ。

自分は職業プログラマーになる前、 Hog Bay Software の Jesse Grosjean や Coda を作っていた Panic に憧れていて、あんな風にソフトウェアを作って暮らしたいと思っていた。

Padraig と Oisin もきっと同じだったのだろう。 Supertop Podcast の Episode 38 で「二人が暮らしていくのに十分な収入があれば、それ以上は求めていなかった」4と述べている。

なぜ Castro は身売りしなければならなかったのか

Supertop と Castro はなぜこんな末路をたどってしまったのだろう。 Padraig と Oisin はどうすれば良かったのか。

受託以外でソフトウェアビジネスを営むなら、会社のタイプは二つしかない。インディー型か、スタートアップ型かだ。それぞれでコスト構造が異なるし、ビジネスモデルが異なる。それぞれのコスト構造にあった技術戦略とビジネス戦略、プロダクト戦略が必要になる。

Castro の創業者二人は規模拡大を望んでいなかった(インディー型)。にもかかわらずフリーミアムのビジネスモデル(スタートアップ型)を採用したことにより、ユーザー規模を大きくせざるを得ず、規模拡大のコストだけ払ってその果実を収穫できなかった。この希望と戦略のミスマッチが悲劇を招いた。

サービスのランニングコスト(技術戦略)

Castro は UI/UX のよさを売りにしたアプリだった。 UI/UX の良さはデザインだけで決まるものではなく、サーバー側のシステムも必要だ。プッシュ通知、端末間の同期などなど。

このアプリの UX はサーバーサイドのシステムとセットで成り立っていた。サーバーがあるということは、ユーザーが増えればシステム投資をしないとスケールしなくなってしまうということだ。

しかし Castro は買い切りのビジネスモデルで始まり、サブスクリプションを始めたときも年間 950 円という低価格だった。これではサービス維持のためにバックエンドの投資をしたり、エンジニアを採用したりということは難しかっただろう。

フリーミアムモデルの採用(ビジネス戦略)

おまけに有料アプリをやめてフリーミアムモデルに移行したことで無料ユーザーの数が増え、 Padraig がポッドキャストのエピソードで話しているとおり、ユーザーからの問い合わせメールに返信するのに忙殺されるようになって開発を進めることができなくなってしまった。5

新しいユーザーはほとんど無料ユーザーで、無料ユーザーが増えても全然儲からない構造だったのに、フリーミアムモデルを選択したことはインディー路線とはミスマッチだっただろう。フリーミアムを採用するなら、広告などユーザー数が増えることが収益増につながるような補助輪が必要だった。

Castro にも一応広告出稿機能はあったが、広告主となり得るのはポッドキャストの配信者のみで、ポッドキャストの検索画面や Inbox の上にバナー掲載してもらうための枠しかなかった。

Castro Ads

ポッドキャストの配信者はほとんどが個人なので、マーケティング予算なんてないだろう。非常にニッチな市場向けに広告メニューを用意してしまっていた。

ネットワーク効果をうまく使えなかった(プロダクト戦略)

Castro はフリーミアムにしてユーザー規模を増やす選択をしたのに、ネットワーク効果を生かすような設計になっていなかった。ユーザーが聞いているポッドキャストのエピソードを集計・集約して「いまこのポッドキャストが話題」のような機能や、レコメンデーションなどのソーシャルリスニング的な側面を打ち出していけばプロダクトの価値をより一層高められたと思う。フリーミアムモデルを取るならそういう方法でユーザー規模を価値に変えるしかなかった。

Castro は Tiny 買収後に TopPicks という機能を出している6。 Inbox にある未聴エピソードのうち、ユーザーが最も興味があると思われるものを推薦する機能だ。しかし説明によればこの機能は完全にローカルで稼働し、サーバーにユーザーのリスニング履歴データは送られないので安心して欲しいと説明している。

しかしローカル稼働では大したアルゴリズムもなく、データ量が少ないため推薦の精度は決してよいものではないだろう。実際、自分の Inbox は決して聞きたいと思えるものではない(めっちゃ古いエピソードが表示されたりする)。

ユーザー規模をプロダクト価値に反映することよりも、プライバシー保護の方を優先するという判断をしてしまった。プライバシーを守りながらネットワーク効果を生かすというやり方もないわけではなかったと思う。


Castro の問題は、よいプロダクトを作れなかったことではない。

むしろ逆で、プロダクトとしては優れすぎていた。Push 通知や同期のようなサーバーサイドの仕組みに支えられた UX を目指しながら、創業者たちはインディーデベロッパーとして、二人が無理なく暮らしていける規模の事業を望んでいた。 Castro の末路が教えてくれるのは、技術戦略、ビジネス戦略、プロダクト戦略を最初から噛み合わせて考えなければならないという、ごく当たり前で難しいことだ。

それでも、自分にとって Castro が最も優れたポッドキャストアプリだったという事実は変わらない。だからこの話は、教訓として正しいだけでなく、どうしようもなくさみしい。


  1. 2009 年に In-App Purchase が導入され、 Auto-Renewable Subscription は 2011 年からだがニュースやメディアなどコンテンツ系に限定されていた。一般的なソフトウェアにサブスクリプションが拡大されたのは 2016 年になってからだった。 

  2. App Store (Apple) - Wikipedia 

  3. Apple details App Store changes including new subscription revenue split & search result ads - 9to5Mac 

  4. https://podcasts.apple.com/jp/podcast/supertop-podcast/id1143273587?i=1000425691016&r=1758 

  5. https://podcasts.apple.com/jp/podcast/38-we-sold-castro/id1143273587?i=1000425691016&r=1514.1 

  6. https://podcasts.apple.com/jp/podcast/supertop-podcast/id1143273587?i=1000434148783