他社内定状況を聞かれたあとでは、もうUFJ銀行のキープ君扱いから身を守る手だては何ひとつ残されてはいなかった。
リクナビか日経就職ナビで新たな企業にエントリーしてみることもためしてはみたのだが、思った通り一日中リクルーターに拘束されて企業からの返信をチェックすることは出来なかったし、携帯電話を取り上げられていて非通知設定の電話をとることも出来なかった。
考えてみればあの狡猾なUFJがそんなことをやすやすと許すわけがない。奴はこれまで高学歴の学生に内定を振りまいた後でかなり多くの内定辞退者を出し、散々苦汁をなめさせられてきたのだ。今頃きっと、支店の応接室でにんまりとほくそ笑みながら新たに高学歴な学生がエントリーするのを待っているに違いない。
「私たちもうおしまいなのね」と彼女が言った。「四月が終わればUFJは内定を出さずに去っていくのよ」
「希望を捨てちゃいけない」と私は言った。「知恵をしぼればUFJなんかに絶対に負けるものか」
「でも携帯電話は取り上げられているわ」
「原理的思考をするようにつとめるんだ。UFJが他社内定状況を気にするのなら、内定先をねつ造してしまえばいいんだ」
「たとえば?」
「みずほ」と私は言った。
「どうしてみずほなの?」と彼女は訊ねた。
「わからない、今ふと頭に浮かんだだけなんだ。勘のようなものさ」
私は勘の導くままにエントリーシートの他社内定状況欄に「みずほ銀行」と書いて送り、UFJからの電話を待った。高学歴の私がエントリーシートを出せばUFJは必ず電話をかけてくるはずだ。そのときにすべて決着はつく。嘘を見破られるか、内定を言い渡されるかだ。
真夜中の少し前に電話が鳴った。こんな時間に電話をかけてくるのはUFJしかいない。受話器をとるや否や私が「みずほさんから内定を頂きました」と言うと、リクルーターは激しく動揺し、「キ、キミぃ、いまから寿司食いに行こう」と言った。そう、私は勝ったのだ。
その夜、銀座の寿司屋に呼び出されて私はUFJ銀行の人事部長から内々定を言い渡された。私は嘘をつくのが嫌いな方だが、幸いなことにUFJに対して嘘をついても一切良心の呵責はなかった。