僕がJR東海に勤める渡辺昇という男にOB訪問を依頼したのは2月の中ごろのことだった。資料請求したら、送られてきた封筒のなかに同じ大学の卒業生の連絡先が同封されていたからだ。これってOB訪問をしろということに違いない。
春の冷たい雨が降るある日の夕方、僕は待ち合わせ場所の東京駅八重洲北口にいた。約束の時間の五分前に渡辺昇はやってきた。一度懇談会に参加したので僕は彼の顔を知っていた。聡明ではあるが特徴のない顔をした男だ。
「やぁ」と渡辺昇は言った。
「こんにちは」と僕は挨拶した。
渡辺昇は僕を東京駅構内にある居酒屋に連れて行った。OB訪問で酒を振舞われたのは初めてのことだったので、僕はひどく混乱した。おかげでいくらビールを飲んでもちっとも酔いが回らなかったし、とても奇妙な気分になった。それでも僕はちゃんと用意してきた質問をした。僕は機転がきくたちなのだ。
「お仕事は面白いですか」と僕は訊いた。
「仕事? 悪くないね」と彼は答えた。
「どういう仕事をされてるんですか?」
「新幹線を使う旅行商品を作ってるんだ。この前なんか東京駅から京都まで日帰りする商品を作った」
「うーむ」
「君は何がなにがやりたいの?」と渡辺昇は僕が何か感想を述べようとしたのをさえぎって訊いた。やれやれ、せっかちな男だ。
「僕は国鉄を舞台にした映画を撮りたいんです」
「ほう」
「ストーリーはこうです」と僕は言った。「ある晴れた日曜日の朝に僕が原宿の竹下通りを歩いていると、向こうから僕にとって100%の女の子がやってくるんです。我々はマリオンクレープの前で運命的な出会いを果たす。注意すべきは、100%と言ってもあくまで僕にとって100%ということです。だから別に美人じゃなくてもいい」
「ひとつ質問してもいいかな?」と渡辺昇は言った。
「どうぞどうそ」
「その映画は原宿駅が舞台なのかい?」
「そういうことになりますね」と僕は答えた。
「ふーむ」とため息をついてから渡辺昇はビールを飲み干した。「君は勘違いをしているな」
僕は渡辺昇が言っていることが理解できなかった。僕が一体何を勘違いしてるっていうんだ? ここに来る前にちゃんとメンタツを読んだし、自己分析だってやってきた。採用ホームページに目を通すことも怠らなかった。僕が非難されるいわれはひとつとしてないはずだった。
「君はOB訪問する相手を間違ったんだよ。蜂にミツバチやスズメバチがあるように、JRにも種類があるんだ。JR東海とか、JR東日本とかね。原宿駅はJR東日本の管轄であってうちの管轄ではない」
それだけ言ってしまうと渡辺昇は伝票を持って席を立った。やれやれ、この男は僕がJR東海とJR東日本を混同したことに対して腹をたてているのだ。
僕は会計を済ませる彼の姿を眺めながら竹下通りですれ違うはずだった彼女のことを考えた。