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2025年11月の福岡マラソンを走ったあと、右膝が痛むようになった。

しばらく休めば治るだろうと思っていたが、なかなか痛みは引かず、結局17日間ランニングを休んだ。病院を受診してレントゲンを撮ると、膝の上側、太ももに近い部分の骨に硬化が見られ、少量の水もたまっていた。一方で軟骨のすり減りは見られず、医師からは「痛みが強くなければ走っても構わない」と言われた。

それなら大丈夫だろうとランニングを再開したものの、問題は簡単には解決しなかった。

ゆっくり走る程度ならそれほど痛まない。しかし、ペースを上げたり距離を伸ばしたりすると、走ったあとにまた膝が痛くなる。2026年2月の熊本城マラソンは何とか完走したものの、その後も練習量を戻すことはできなかった。

春から夏にかけての月間走行距離は30〜40km程度。以前からすれば、ほとんど走っていないに等しい。マラソンを走れる状態には程遠く、山に走りに行くこともほぼできなくなった。

突然痛みが軽くなった

特別な治療をしたわけではないが、9月に入ってから少しずつ膝の状態が良くなってきた。

病院を受診したときに、膝が内側に入っている可能性があることを指摘されていたので、膝が内側に入らないように、脚をなるべくまっすぐ前後に回転させることを意識して走るようにした。これがどこまで効いたのかは分からない。単純に時間の経過で炎症が治まった可能性もある。ただ、フォームを意識するようになってから、ランニング後の膝の痛みはほとんど感じない程度まで軽くなった。

今週は久しぶりにインターバル走もやってみた。冬頃は強度の高い練習をすると必ずといっていいほど膝が痛んでいたが、今回は痛みが出なかった。

心肺能力がかなり落ちた

膝が良くなってきた一方で、半年以上まともに走れなかった代償は大きかった。

昨年9月には、ZONE 2の強度で1kmあたり6分台前半で走れていた。それが今では、同じような心拍数で走ろうとすると1kmあたり8分台になる。ペースだけ見れば、1kmあたり2分近く遅い。

もちろん暑さや体重増加などの影響もあるので単純比較はできないが、有酸素能力がかなり落ちていることは間違いないと思う。

故障中は「膝さえ治ればまたすぐ元通り走れる」とどこかで思っていた。しかし実際には、故障が治ることと走力が戻ることは別だった。またイチから鍛え直して有酸素能力を高めていかないといけない。

実は福岡マラソンの前から痛かった

今回の故障についてStravaの過去ログを見返していて、少し驚いたことがあった。2025年6月のランニング記録に、すでに「右膝が痛い」と書いていたのである。

2025年6月30日のStravaランニングログ

自分では「福岡マラソンを走ったあとに膝を痛めた」と認識していた。しかし実際には、その5か月も前から膝は痛んでいた。

つまり福岡マラソンで突然故障したのではなく、すでに出ていた小さな異変を無視して練習を続け、最後に症状が大きくなっただけだったのかもしれない。

ケガをして分かったこと

今回の膝痛から学んだことはいくつかある。

まず、ケガは「痛くなってから治す」よりも、「痛くならないようにする」方が圧倒的に楽だということ。当たり前なのだが、走れているときにはつい忘れてしまう。

そして、ランニングの故障は想像以上に長引くことがある。今回はまともに走れるようになるまで半年以上かかった。その間に走行距離は大幅に減り、心肺能力もかなり落ちた。

少し面倒でも走る前に動的ストレッチをした方がよいし、走り終わったらマッサージガンや低周波治療器なども使って適切に体の面倒を見た方がよい。

小さな痛みを無視しないことも大事だ。「この程度なら走れる」という判断を何か月も続けていると、ある日突然走れなくなる。2025年6月の自分が「右膝が痛い」と書いていた時点で、もう少し真剣に原因を考えていたら、今回のように半年以上まともに走れない状態にはならなかったかもしれない。

Stravaにランニングの感想をメモしておくことも大事だ。何も記録してなかったら2025年の6月から膝が痛んだでいたことに気がつけなかった。

ケガの治し方

今回は半年間くらいランニングの頻度、距離を減らすという対処をとったが、これが正解だったのかわからない。心肺能力がかなり落ちて、GarminのVO2maxは51から45まで落ちた。一ヶ月か二ヶ月くらい徹底的に休んで、その後徐々に戻していくというような休み方の方が有酸素能力の低下は少なくてよかったのかもしれない。

また走れるようになって思うこと

何の支障もなく走れるときは走れることは当たり前に感じてしまうが、ランニングできるというのは、ランニングに割ける時間もあり、体は健康で、とても幸せなことだ。一回一回、走れることに感謝しながら走っていきたい