| @散財

Yeticaster ストリーミングセット

何となく高音質で Zoom ミーティングに参加したいと思って Yeticaster ストリーミングセットを買った。

Yeti は Kaizen Platform 時代に会社で使っていた。会議室のマイクが Yeti で、リモートでミーティングに参加するときにはあまりいい音質というイメージは持っていなかったが、いまの会社でリモートワークになって自宅で Yeti を使う人たちが現れ始めて、その人達の声を聞くと音質が良かった。マイクの設定にもよるのだろうけど、どうも Yeti は会議室に置くマイクとしては不適切だが、リモートワーク時に個人用のマイクとして使う分には必要十分な性能があるようだった。

前職時代に Yeti を使っていて邪魔だと感じたのがスタンドの部分で、自宅の狭い机の上にスタンド付きのマイクを置くのは無理だと思ったので、アーム付きの Yeticaster ストリーミングセットを買ってみることにした。自腹で買うには高すぎる気がするが、コロナがおさまってもリモートワークが当たり前の働き方になると判断し、順当な投資とみなすことにした。自分のマイクを良くしても自分が聞く音は変わらないので正直微妙かも知れないのだが、ごついマイクが机にあるとなんかかっちょよいしミーティングのやる気もアップするのでよしとする。

| @Mac/iPhone

Dolby Atmos

Apple Music がロスレスやハイレゾ、 Dolby Atmos Spatial Audio に対応した。ロスレスやハイレゾは音質の向上で、 Bluetooth で音楽を聞くことが当たり前となった今日では一部の音質マニアの人にしか影響がないと思う(特にハイレゾは有線接続で USB-DAC などを利用しないとメリットを享受できない)。

一方、 Dolby Atmos の Spatial Audio (空間オーディオ)は 2000 円のイヤフォンで音楽を聞く人から数十万円の高級オーディオセットで音楽を聞く人まで恩恵がある。 Apple Music 内の空間オーディオ解説コンテンツでパーソナリティの人が「革命」と言っているけど決して大げさな言い方ではない思う。音質ではなく音の聞こえ方が変わるからだ。 Apple Music に入っている人は是非イヤフォンで Apple が用意している聞き比べ曲を聞いてみて欲しい。

聞き比べコンテンツは二つあって、一つは Marvin Gaye の "What's Going On" 、もう一つが The Weeknd の "Save Your Tears" だ。個人的には Marvin Gaye 版の方が違いがわかりやすかった。 The Weeknd の曲はシンセサイザーを多用してエフェクトがかけられていて、こういう曲は空間オーディオの効果がわかりづらい。一方で Marvin Gaye の曲は昔ながらの生演奏で、楽器の数も少ないので Dolby Atmos の威力を確認しやすい。最初はモノラルから始まり、次にステレオ、最後に Dolby Atmos となる。ステレオで二方向から聞こえていた音が、 Dolby Atmos では縦方向からも聞こえるような感覚を覚える。楽器ごとに音が細分化される感じ。これまで聞こえなかったギターのフレット移動音や、小さいパーカッションの音がはっきり聞こえるようになる。

Apple Music 空間オーディオの世界

聞き比べコンテンツのほかに「空間オーディオの世界」というプレイリストが用意されており、最近の曲から古い曲までいろんな曲が Dolby Atmos で聞けるようになっている。誰でも一つくらいは聞いたことがある曲が入っていると思うので、ここにある曲を聞いてみると違いが分かりやすいと思う。個人的には Jackson 5 の "I Want You Back" や Iggy Pop の "The Passenger" は違いが分かりやすかった。

なお、 AirPods など Apple 謹製以外のイヤフォンを使う場合は設定で「ドルビーアトモス」を「常にオン」にしておく必要がある。初期値は「自動」で、 AirPods など対応するチップを搭載したイヤフォンでしか Dolby Atmos を適用できない。

「ドルビーアトモス」を「常にオン」

ちなみに、自分の手持ちのデバイスの対応状況を確認したところ以下の通りだった。

デバイス 接続方式 Mac iPhone
AirPods Pro Bluetooth
Bose QuetComfort 35 Bluetooth
有線接続
Bose Sound Link Mini II Bluetooth
有線接続 -
Bose Computer Music Monitor 有線接続 -

Bose の Bluetooth ヘッドフォンでも Dolby Atmos で再生できたが Mac との接続時には動作が非常に不安定で、どうもマルチポイント接続をしているときは Dolby Atmos モードにならないことがあるようだった。有線接続の場合は問題なく Dolby Atmos で再生される。比較的最近の iPhone や Mac であれば本体スピーカーでも Dolby Atmos で再生できるようだ。この辺のことは Apple のサポートページで詳しく説明されている。


どんなに Spotify のレコメンドが素晴らしくても、空間オーディオで音楽を聞きたければ(いまのところは) Apple Music を使わざるを得ない。自分の周囲では Spotify 派の人が圧倒的に多かったが、少なくともこの空間オーディオをきっかけに Apple Music に興味を持つ人が増えたように思う。久々に技術的なイノベーションがバリューイノベーションになる瞬間を見た気がする。

| @技術/プログラミング

OS の設定に応じて自動的にダークモードとライトモードを切り替える(メディアクエリで prefers-color-scheme: light とかやる)ようにしていたが、自分でブログを見ていてダークモード状態で閲覧する時間が短いことに気がついた。考えれば当たり前で夜は寝てるのでダークモードで閲覧する時間が短くなるのは当然だ。個人的には自分のブログはダークモードのときのデザインが気に入っている( 10 年くらい変えてない)ので、 OS のテーマ設定に加えて閲覧者が自分でダークモードかライトモードかを選べるようにした。設定値は Cookie に保持するようにしてる。個人的に便利になった。切り替えは About ページ内か以下の テーマ変更 ボタンでできるようになっている。

| @技術/プログラミング

Lokka の検索はキーワード一つにしか対応していなかった。例えば うどん ラーメン と入力すると、確実に うどん ラーメン という語順で検索が行われる仕様になっている。これはちょっと不便だと思ったので半角スペースでキーワードを分割して AND 検索するようにした。つまり確かに うどん ラーメン という語順で文章が書かれていなくても、 ラーメン うどん という語順だったり、そもそも うどんラーメン が離れたところに書いてあるような文章でもオッケーな仕様にした。 diff はこんな感じ。

一般的な検索システムだと入力された検索キーワードを品詞分解したりして半角スペース入れたりせずともいい感じに検索できるのだろうが、データベースから直接検索するシステムではこれくらいできれば十分かなと思ってる。どうせこのブログで検索してるの自分一人くらいだし。

| @登山/ランニング

二丈岳山頂からの景色

2018 年の 10 月に挑戦して失敗した糸島四座縦走にチャレンジして何とか達成することができた。前回は色気を出して浜崎(唐津市)側からスタートしたが、そのせいで最後の二丈岳に登る時間がなくなり三座縦走となってしまった。今回は反省して深江から二丈岳→女岳→浮嶽→十坊山の順に登り福吉へ下山した。

前回チャレンジしたときはアルプスから帰った後で少し調子に乗っていた。 3000m 級の山に登ったあとなら 700m 〜 800m の山なんて楽勝だろうと思っていた。しかし登山は標高が全てではない。むしろ北アルプスは登山道が整備されていて歩きやすかったりする。低山は道がはっきりしていないところもあるし(前回は蜘蛛の巣地獄に苦しんだ)、登山口と山頂の高低差よりも累積獲得標高が大事で、白馬岳に登ったときは累積獲得標高 1300m くらいだったが、糸島四座は 1700m くらいある。低山であっても縦走することでアルプス級かそれ以上の負荷になることがあるのだ。前回、糸島四座縦走に失敗したあと、宗像四ツ塚や雷山・井原山、祖母山、脊振山・金山、羽金山・雷山などで長めの距離を歩き経験を積んだつもりでいたが、相変わらず歩くのが遅く、福吉駅に着いた頃には日が暮れていた。日が長い夏でなければ危ない感じだった。

十坊山から見る二丈岳、女岳、浮嶽

なぜ歩くのが遅いのか、太っているからか。コロナ禍で太ってしまったが、体重がいまより 5kg くらい少なかった頃でもやはり自分は歩くのが遅く、体重のせいではなさそうだ。自分より太っていても速い人は速い。 Apple Watch をつけ始めて自分の心肺能力が可視化されるようになったが、 Apple Watch によると自分の心肺能力は同年代の平均以下ということらしい。おそらく心肺機能が低いせいで持久力がなく歩くスピードが遅いのだろう。

遅いくせにカメラや使わないギアなどをリュックサックに入れすぎているのも響いていそうだ。写真を撮るのは好きなのでできればカメラは持っていきたいが、ミラーレスでもレンズ付きのカメラは 1kg くらいあって、リュックサックのストラップにくくりつけて歩くと 15km を過ぎたあたりで肩への食い込みがきつくなり痛みを感じるようになる。一度、カメラなしでどれくらいのスピードで歩けるか試してみたい。昨夏、カメラなしで家の近くの山を周回したが、その時も決して速くはなかったが、軽量な荷物では軽登山しかしたことがない。トレラン並とまではいかないまでも、水と行動食とスマートフォンだけの軽量装備でどれくらいのスピードで縦走できるのかには興味がある。

糸島四座縦走 / Hitoshi Nakashimaさんの女岳(福岡県)二丈岳十坊山の活動データ | YAMAP / ヤマップ

| @労働

夕刻の今津湾

2 年前にソフトウェアエンジニアからプロダクトマネージャーにロールチェンジした。ソフトウェアエンジニア時代は割と頑張れてたし成果を出せてた気がするのだけど、プロダクトマネージャーになってからは正直かなり苦戦した。プロダクトマネージャー 3 年目を迎えてようやく仕事に自信が持てるようになってきた気がするので、振り返りを兼ねて、これから同じようにプロダクトマネージャーにコンバートしたいと思っている人の役に立てばと思って書きます。


プロダクトマネージャーになった理由

夕影

ソフトウェアエンジニアだったとき、プロダクトマネージャーが不在のプロジェクトにアサインされたことがあった。機能コンセプトと画面デザインはあったが明確な仕様ドキュメントはなく、未確定の仕様をつまびらかにしつつ、関係者の合意を得ながらコードを書いていく必要があった。エンジニアだった頃の自分は機能的な仕様は誰か他の人に決めてもらって、自分は技術的な仕様を考えてコードを書くことに集中したかった。

このときは正直とてもつらくて、結局機能をリリースすることもできずプロジェクトはぽしゃってしまった。このような経験を自分はもうしたくないし、他の人にもさせてはいけないと思った。ビジネス的に成功するためだけでなく、エンジニアやデザイナーが不幸にならないためにも、きちんと作るものを定義してくれるプロダクトマネージャーが極めて重要だと思った。

その後しばらく時間が経ち、転職した職場でエンジニア・デザイナーが増えるにつれて専任のプロダクトマネージャーが存在しないことによる課題が露呈するようになった。プラットフォーム間での仕様の食い違いや、勘や憶測に基づく機能開発など。このままではプロダクトが間違った方向に進みかねないし、かつての自分のようにデザイナーやエンジニアが苦労をすることになると思った。誰か一人が専任のプロダクトマネージャーとなって交通整理をする必要があるだろうと考え手を挙げた。

プロダクトマネージャーの役割

プロダクトマネージャーの役割や定義については様々あるが、自分は「ユーザーに必要とされる製品を定義し、ビジネス的な成功を達成すること」だと考えている。プロダクトマネジメントについての本を何冊か本を読んだが、その中で最も感銘を受けた『 Making It Right 』という本にはこのように書いてある。

The product manager’s mission is to achieve business success by meeting user needs through the continuous planning and execution of digital product solutions.

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (p.17). Smashing Magazine. Kindle 版.

この本を読んだ後に書いた記事ではこの部分を以下のように訳している。

ソフトウェアを継続的に企画・製造してユーザーのニーズを満たし、ビジネス上の成功を実現する

プロダクトマネージャーの Job Description - portal shit!

この記事の内容はいささか抽象的ではあったが、いま見てもそんなに違和感はない。記事内で引用した Dan Olsen の図から特に重要な部分を抜き出すと以下だろう。

プロダクトマネージャーの仕事

上図の赤枠で囲われた部分、ユーザーのニーズとプロダクトをマッチングさせ、売れる製品を作ってユーザーの問題を解決すること( Product/Market Fit )がプロダクトマネージャーの役割だ。ユーザーの課題を解決する画期的な製品を作ることが出来たとしても、収益性が悪ければプロダクトマーケットフィットしたとは言えず( Solution/Problem Fit に過ぎない)、プロダクトマネージャーの役割を果たしているとは言えない。

I-shaped people

プロダクトマネージャーにふさわしい人物像として、プロダクトマネージャーは I 型人間であるべきと述べられている。再び同書から引用する。

First, they need to have their heads in the clouds. PMs need to be leaders who can look into the future and think strategically.

日本語訳: プロダクトマネージャーは雲の上に頭を置いておく必要がある。未来を見越すリーダーであり、戦略的な思考が求められる。

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (pp.22-23). Smashing Magazine. Kindle 版.

But good PMs also have their feet on the ground. They pay attention to detail, and they know their products inside out. They are the product’s biggest users — and its biggest fans and critics.

日本語訳: しかし同時に、良いプロダクトマネージャーは地に足を付けていなければならない。良いプロダクトマネージャーは細かいところまで注意を払い、プロダクトの表と裏を知っている。良いプロダクトマネージャーはプロダクトの最大のユーザーである。最大のファンであり、批評家でもある。

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (pp.23-24). Smashing Magazine. Kindle 版.

Most importantly, PMs know how to ship. They know how to execute and rally a team to get products and improvements out in the world where the target market can use them and provide feedback.

日本語訳: 最も大事なこととして、プロダクトマネージャーは製品のリリース方法を知っている。開発チームをとりまとめて開発プロジェクトを遂行し、製品を求めフィードバックを与えてくれる外の世界(=対象とする市場)に届ける方法を知っている。

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (p.24). Smashing Magazine. Kindle 版.

雲の上から俯瞰して戦略的にものごとを考えることも出来るし、地に足を付けていてプロダクトの細かいところも把握している。ユーザーの課題を発見するところから始まり、課題を解決する方法をとりまとめて世に送り出し、フィードバックを得るところまでできるのがプロダクトマネージャーにふさわしい人物像ということだろう。

具体的な仕事内容を挙げると以下のような感じではないだろうか。

1. 何がユーザーの問題かを特定する

  • ユーザーインタビューやユーザーアンケートを実施する
  • アクセス解析や利用ログに基づく定量的な分析を行う
  • 競合製品と自社製品の機能比較を行う

2. その問題を解決する製品を定義する

  • 要件定義・仕様書の作成
  • ユーザーストーリーの作成
  • カスタマージャーニーマップの作成

3. 製品がリリースされるまで開発チームに帯同し、リリースを成し遂げる

  • プロダクトロードマップ(リリース計画)の作成
  • プロジェクトの推進(プロジェクトマネジメント)
  • 他部署(セールス、マーケティング、サポート)との調整

4. 製品が「正解」であったかの評価を行う

  • 利用状況の調査やユーザーアンケートを実施し、プロダクトがユーザーの問題を解決したか評価する
  • 1 に戻り、製品を継続的に改善する

実際になってみてのギャップ

本から得た知識をもとに、意を決してプロダクトマネージャーになってみたものの、想定と現実の間には大きなギャップがあり苦しんだ。具体的には、作るべき製品を定義するのがプロダクトマネージャーの仕事だと思っていたがそうではなかった。

エンジニアは作りたいものを作りたいし、プロダクトマネージャーが作るべきものを定義するまでもなく機能は開発されていく状態だった。開発すべきものがわからないのではなく、開発したい機能が多すぎて困っているという状態だった。

自分が思い描いていたのは以下のような役割分担だった。プロダクトマネージャーが必要な機能と要件・機能仕様をまとめ、デザイナーがデザインに落とし込み、エンジニアが機能を実装する。

プロダクトマネージャーが開発プロセスに関与する

しかし実際は以下のような感じで、機能のアイディアを出す企画段階からエンジニアが担当し、プロダクトマネージャーは他のプロジェクトチームや営業、マーケティングチームとの調整が主な役どころだった。製品の仕様に関われるのは既存機能の不具合対応のときくらいで、後は開発チームによって作られたソフトウェアを受け入れるだけの存在だった。

プロダクトマネージャーが開発プロセスに関与しない

エンジニアが機能の企画・要件定義も行う体制では人手が足りず実装に十分な時間を割けないので、企画・要件定義を担当するエンジニアとは別に実装者のエンジニアがアサインされるようになった。企画・要件定義を担当するエンジニアがプロジェクトリーダーとなって実質的なプロダクトの責任者となる。プロダクトマネージャーは外部や経営陣との橋渡しをするだけの調整役になってしまった。

プロジェクトリーダーが実質的なプロダクトマネージャー

上図のプロジェクトリーダーと呼ばれるロールこそが自分の中ではプロダクトマネージャーだという認識だったが、このロールはプロダクトマネージャーのものではなかった。

プロダクトマネジメントの認知度が原因?

なぜ期待と現実のずれが生じたのか。当時の自分は、プロダクトマネジメントというものへの認知が不足しているからだと思っていた。

プロダクトマネージャーという職能が日本で一般的に認識されるようになったのは伊藤直也さんや Higepon さんが Rebuild ポッドキャストで話していた 6 年くらい前からでないかと思う。その後 antipop さん達がプロダクトマネージャーの Slack コミュニティなどを作り、一時期プロダクトマネージャー界隈が盛り上がっていた。

しかし、一般的な日本のソフトウェア企業でその存在が認知されるようになってからはまだ日が浅い。プロダクトマネージャーという役割に対する理解は圧倒的に足りていない。それが自分の役割に苦しんだ最大の原因だと考えた。

本に書かれているプロダクトマネージャーのロールを押し通そうとして軋轢を生んだこともあった。『 Making It Right 』にも以下のように書いてある。

Common objections to the role include:

  • “We have different people in the organization who fulfill each of these functions as part of their roles.”
  • “I don’t see how the role will make us more money.”
  • “Product managers will just slow us down.”
  • “I don’t want to relinquish control of the product to someone else.” (OK, that one is usually thought without being said out loud.)

プロダクトマネージャーという役割に対する反対意見の例:

  • 「うちの会社にはプロダクトマネージャーの役割を部分的に果たす人々がすでに存在してるんだ」
  • 「プロダクトマネージャーとやらが会社を儲からせてくれとは思えないな」
  • 「プロダクトマネージャーって連中は開発チームのスピードを下げるだけの存在だよね」
  • 「プロダクトについての決定権を手放したくないんだよ」(通常、声を大にして言われることはない)

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (pp.19-20). Smashing Magazine. Kindle 版.

プロダクトマネージャーが存在しない組織では、プロダクトマネジメントのロールをデザイナー、エンジニア、カスタマーサポートなど様々なロールの人々が少しずつ分担しながら製品が作られていく。そこに突然プロダクトマネージャーが現れて「それ僕の仕事なんで僕がやりますよ」と言うと反感を買ってしまう。

プロダクトマネージャーの存在が認知される以前から、ソフトウェアの仕様を固めたり、ステークホルダーと調整したりする仕事自体は存在していて、大体はエンジニアの中のリーダーがその役割を受け持っていたのではないだろうか。少なくとも自分がこれまで勤めてきたプロダクトマネージャーのいない職場ではそうだった。ビジネスサイドから提示された大まかなビジネス要件を元にエンジニア(もしくはデザイナー)のリーダーが機能要件をまとめていた。

同じような話が伊藤直也さんのプロダクトマネジメントについてのブログにも書かれてある。

一体型のソフトウェア開発と分業型のソフトウェア開発

なぜこのような慣習が出来たのかを考えると、日本のソフトウェア産業の構造が響いているような気がする。受託開発が中心だった日本のソフトウェア産業1では、ソフトウェア開発はひとまとまりに開発者(ソフトウェアを作る側)の仕事ということになっている。受託開発であったとしても受託者側で作るシステムの要件定義を行うケースがほとんどではないだろうか2

日米受託開発の割合

総務省|平成30年版 情報通信白書|日米のICT投資額の推移

このため作るべきものの定義と作る作業の境界が曖昧なのだと思う(一体型のソフトウェア開発)。一方でシリコンバレーではジョブデスクリプションが明確で役割分けに敏感なので、作るべきものの定義とその結果に責任を持つ人(プロダクトマネージャー)と、作ること自体に責任を持つ人(エンジニア・デザイナー)が明確に区別されているのだろう(分業型のソフトウェア開発)と推察する。

エンジニアとプロダクトマネージャーの職能の分離

したがって、プロダクトマネージャーの役割の認知が広がらない限りはこの問題は解決できないと思うようになっていた。半ば諦めというか、自分では解決できない問題に立ち向かわなければならないようで、とても苦しく悶々とした日々を過ごした。

しかし一方で、プロダクトマネージャーの役割は会社によって異なると良く言われる。『逆説のスタートアップ思考』の馬田さんが書かれている記事には以下のように書いてある。

組織のリソースが豊富な場合はプロダクトの仕様を策定するだけの PM なのかもしれません。スタートアップのようにまったくリソースのない組織の場合は、全部の機能を一人がやらなければいけないのかもしれません。人を採用して少しリソースが増えたら、また PM に求められるバランス感が変わってきます。

組織の今の状況に応じて PM はその役割を変えますし、同じ組織においても時間が過ぎれば役割が変わっていくと認識しておくほうがよいのでしょう。

プロダクトマネジメントトライアングルと各社の PM の職責と JD | by Taka Umada | Medium

当時の自分はこの観点が抜け落ちていた。もっと柔軟に振る舞って、どうすれば良いプロダクトをユーザーに届けられるかという視点に立ち、所与の環境でどういう働きをすべきかが考えられていなかった。

プロダクトマネジメントのない組織にプロダクトマネジメントを浸透させる方法

自分の失敗経験を踏まえ、一人目のプロダクトマネージャーとしてどう動けば良かったのかを振り返ってみる。

まず、プロダクトマネージャーが存在しない初期状態が以下だ。経営陣が戦略を、開発チームが戦術を担当する。

役割の戦略性 - 初期状態

そこにプロダクトマネジメントの仕組みが導入されるとこうなる。プロダクトマネージャーは戦略と戦術の両方を股にかける動きをする。 What の領域に主眼を置きつつも、 Why や How にも関わる。

役割の戦略性 - プロダクトマネジメント導入

自分がプロダクトマネージャーになったとき、会社はプロダクトマネージャーに戦略性の高い領域を守備範囲とすることを期待していた。

役割の戦略性 - 戦略寄りのプロダクトマネジメント

しかしそれに反して自分自身は機能仕様の策定など、戦術的な領域を守備するつもりでいた。

役割の戦略性 - 戦術寄りのプロダクトマネジメント

この認識の違いのせいで会社、開発チームとの軋轢が生じ、仕事のやりづらさや違和感につながったと考える。

本で読んで得ていたプロダクトマネージャー像はどれも中規模以上の、プロダクトマネージャーが何人かいる組織でのものだった。なので一人目のプロダクトマネージャーとしてどう動くべきかという観点での参考資料にはなり得なかったのだろう。その点は自分の反省点だと思う。

一方で、組織が大きくなってプロダクトマネージャーの数が増えると、以下のように役割を分担できるようになる。

役割の戦略性 - プロダクトマネージャーの役割分担

戦略性の強い仕事を上級のプロダクトマネージャーが担当し、戦術領域に関してはジュニアなプロダクトマネージャーが担当すればよい。

少し前に読んだ『プロダクトマネジメント』という本では、以下のような説明がなされていて納得感があった。

 プロダクトマネージャーの戦術的な仕事では、機能を作って世に出すという短期的な行動に焦点を当てます。次にすべきことを決めるのに使うデータを処理したり、日々、開発者やデザイナーと一緒に作業を分解してスコープを決めたりすることも含まれます。

 戦略的な仕事では、マーケットで勝利して目標を達成するためにプロダクトや会社のポジショニングを考えます。プロダクトや会社の将来像や、そこに至るために必要なことに着目します。

 運営の仕事では、戦略を戦術的な仕事に結び付けます。プロダクトマネージャーは、プロダクトの現状と将来像をつなぐロードマップを作り、チームはそれに沿うように仕事を進めます。

— Melissa Perri 『プロダクトマネジメント』オライリー・ジャパン

以下の図もわかりやすい。

プロダクト関連の役割における戦略、運営、戦術の仕事の割合(10人以上のチームの場合)

自分がプロダクトマネージャーの役割だと思っていたのは図中で言う「アソシエイトプロダクトマネージャー」か「プロダクトマネージャー」だったのだと思う。しかし会社は「プロダクト担当ディレクター」か「プロダクト担当 VP 」相当の存在を求めていた。戦術の領域はエンジニア・デザイナーに任せ、プロダクトマネージャーは戦略と運営にフォーカスするような働きが期待されていた。一方で自分は戦術にフォーカスしたプロダクトマネージャー像を持っていたため、組織のニーズにマッチできていなかった。

スタートアップのような小さな組織では常に人手が足りていないので、いくつかのロールを兼任することが求められる。小さな組織でプロダクトマネージャーが一人しかいないときには、戦術はある程度手放してエンジニアとデザイナーに丸投げし(エンジニア・デザイナーにプロダクトマネジメントのロールを兼任してもらう)、プロパーのプロダクトマネージャーは運営と戦略にフォーカスすべきだったのかも知れない。自分はそれができなくて、戦術に拘泥して失敗してしまったのだろう。

ただし、『プロダクトマネジメント』では、経営陣が期待するアウトカムではなく特定の機能( HOW )の実装を開発チームに要求し、一貫した戦略が存在しないためビルドトラップに陥る、ということも書かれている。プロダクトマネジメントの仕組みを整えるには、 CEO をはじめとした経営陣も一定程度戦術(どんな機能を作るか)からは手を引き、プロダクトマネージャーに権限を委譲していく必要がある。もちろん、なかなか簡単には HOW の領域から手を引いてもらえない(「プロダクトについての決定権を手放したくないんだよ」)ので、プロダクトマネージャーはうまい具合に立ち回って経営陣には戦略策定に特化してもらい、プロダクトについてのイニシアチブを自分で獲得していく必要があるだろう。

まとめ

  • プロダクトマネージャーの役割を明確に
    • 会社はあなたに何を期待しているのかを明確にする
      • 戦略なのか? 戦術なのか? 運営なのか?
    • 本に書いてあること = 会社が求めているプロダクトマネージャー像ではない
      • 会社のステージによってプロダクトマネージャーに求められることは変わる
  • プロダクト開発のイニシアチブをとる
    • 経営陣から特定の機能の開発( HOW )を要求されたきたとき、それは何を目的としているのか( WHY )、どんな結果をもたらすのか(アウトカム)を問う
    • 経営陣には期待するアウトカムと戦略の策定にフォーカスするよう促す
      • 機能開発を一任してもらえるように信頼を獲得する
  • 開発チームからの信頼を得る
    • 自分が関与する必要がないところからは手を引き、信頼してお願いする
      • 「船を作りたいのであれば、木を集めさせたり船の作り方を指示するのではなく、果てることがない広大な海への熱情を説く」

今年の前半に取り組んだプロジェクトで、プロダクトマネージャーになったときに自分のミッションだと思っていた Product Market/Fit を達成することが出来た。ユーザーがお金を払っても欲しいと思うものを考え、健全なマネタイズ手法を提案してリリースするところまで成し遂げた。これまで苦しんだ 2 年間だったけれども、ようやく自信を持って「プロダクトマネージャーやってます」と言えるようになった気がする。

長垂海岸の夕焼け


  1. アメリカは受託の割合が半分強なのに対して、日本は 9 割弱が受託開発。アメリカはシステムを内製する傾向にあるので、内製システム開発も含めると受託の割合はさらに下がりそう。 

  2. 大規模なプロジェクトではどうか知らない。自分が以前勤めていた Web デザインに毛が生えたようなシステム会社では受託者側が要件定義書を作って顧客の承認をもらっていた。 

| @WWW

Basecamp で従業員の大量離職騒動が起きていた。原因は社内で社会問題についての議論を禁止するという制度変更への反発。

この制度変更の背景にはさらにややこしい問題があったようだ。

この騒動を経て、以前 HEY を使ったときの感想として書いた以下の記事のことを思い出した。

ソフトウェアに必要なのは理念ではなく機能だ。そのことは Jason Fried も書いている。

6. No forgetting what we do here. We make project management, team communication, and email software. We are not a social impact company. Our impact is contained to what we do and how we do it.

ただ、 Jason Fried も DHH も本、 Twitter 、ブログで業務の一環かのように他社のソフトウェアやビジネスモデルに難癖を付けたりと舌鋒鋭い。その一方で従業員に社内で社会問題を議論をさせないのは矛盾しているような気がする。

以前書いた記事では、 Flickr は理念のみで機能が不足しているということを指摘した。 Basecamp の HEY については理念だけでなく、それを裏付ける機能があると支持した。しかし今回の騒動を見るに、理念の部分がだいぶ強すぎたと感じる。理念に引き寄せられて opinionated な人たちが集まったが、理念を表明して良いのは経営者だけで従業員は仕事だけして下さいと言われると反感を買うのは当然だろう。

理念や社会に対する意見があることは結構なことだと思う。しかしそれを声高に表明して回ることはソフトウェア会社の仕事ではないと思う。ソフトウェア会社の仕事はただ一つで、その理念に基づいたソフトウェアを作ることなはずだ。

そもそもソフトウェアで社会を変えられるのだろうか。自分はそうは思わない。世の中がソフトウェアをきっかけにして変わるだけだ。ソフトウェアは人々の内側にあった曖昧模糊とした欲求を具現化して解消しただけに過ぎない。 Uber で車と時間を持て余している人がお金を得られるようになったし、全然タクシーがつかまらなくて困っていた人はふっかけられることなく車で移動できるようになった。これは元々潜在的に存在していた需要と供給を顕在化させて結び付けただけだに過ぎない。どんなに画期的なソフトウェアやサービスも、人々に必要だと思われなければ意味がない。

崇高な理念や信念があったとして、それをいかにソフトウェアに吹き込むかがソフトウェア企業のやるべきことだ。自分は Rails エンジニアとしてソフトウェア業界に橋頭堡を築いたので DHH のことは尊敬しているけど、 Basecamp には人々に求められる良いソフトウェアを作ることにフォーカスして欲しいし、自分もそういう姿勢でソフトウェア開発に携わっていきたい。