親戚のお姉さんの友達が誕生日だったので、日本でもそうそう行ったことがないような高そうなイタリアンレストランに昼ご飯を食べに行った。待ち合わせ場所からして東洋一有名なRaffles Hotelであり、無職がこんな金持ちみたいなことをして良いのだろうか。
イタリアンレストランはイタリアンレストランなのに店員はインド人ばかりで面白かった。とはいえスタイルの良いインド人がバリッとした格好をすると妙に格好良くて似合っていた。でもお願いだから無職の僕のことを「Sir」と呼ぶのは止めて下さい。
初の夜間開催のF1を見に行った。シンガポールでは初のF1ということもあり、到着したときから街中がF1一色という感じだった。街にはカード型のF1の入場拳をぶら下げた欧米人が溢れており、お祭り騒ぎだった。
市街レースのため街路は大幅に交通規制が行われており、MRTのCity Hall駅で降りて20分近く歩かされた。F1は想像していた以上に音がやかましく、耳栓なしには観戦不可能だった。多くのヨーロッパ人が観戦に詰めかけており、さすが国際都市シンガポールという感じだった。
シンガポール人の観客もいっぱいいたんだけど、みんな良いカメラを持っていた。やはりNikon。プロではないアマチュア連中だが、D3やD300、D700に巨大なレンズを装着し、レースを撮影していた。俺もD40X + VR 55-200mmで撮影を試みたけど、席がコーナー直前の外側だったこともあり、全然きれいに撮れなかった。
シンガポールはこんな風に世界初の市街地夜間レースを開催したり、高層ビルを林立させたりとすごく景気が良さそうだ。街中を走るのはベンツやBMW、はてはランボルギーニみたいなスーパーカー。オーチャード・ロード周辺の高級ブランド志向も強い。国民一人当たりGDPが日本を超えたというのもうなずける話だ。
東南アジアには日本をしのぐ経済的繁栄を手にした国があるということを実感させられた日だった。
The Battle Boxを見たあとはブギスのアラブストリートに向かった。ここにはモスクがあり、街はイスラム風の建物で、まるで中東に旅行に来たかのようだった。シンガポールは高層ビルが建ち並び、いかにも都会といった感じのピリピリした空気が流れているのだが、アラブストリートはゆっくりした時間が流れていてとてものんびり出来た。途中、イスラム風の服を売る店でムスリム用のマレー帽を買った。
モスクの中にも入ってみた。親戚のお姉さんは上着を羽織るよう求められたが、俺も短パンなので肌の露出が多いと上着を羽織ることを求められた。モスクの中ではおじさんたちがコーランを輪読したり世間話をしたりしていた。みんな靴を脱いで絨毯の上でごろごろしているように見えるし、雰囲気は田舎の公民館のようだった。
モスクを見学したあと、小腹が空いたので屋台でケバブを買い、モスク前のベンチに座って食べていたら、隣に座ったイスラム教徒のじいさんに説教をされた。このときは丁度ラマダン(断食)の時期で、モスクの前でしかもマレー帽をかぶって食事をしていたものだから、「ムスリムのくせにお前何やってるんだ」ということになったのだ。ムスリムの連中はひもじい思いをして我慢しているのだ、これは確かに配慮が足りなかった。宗教的におおらかなシンガポールじゃなかったらまずいことになっていたかも知れない。
ブギスのアラブストリートはとてものんびりした雰囲気の良いところで、いつかイスラム圏を国を旅行してみたいと思った。
フォートカニングパークにあるThe Battle Boxに行った。The Battle Boxは戦時中はイギリスの要塞だったところで、戦争博物館のようになっている。見学しに行くと最初に暗室でビデオを見せられるのだが、部屋には入るとそこにいるのは欧米人ばかり(多分イギリス人)で、日本人は我々だけだった。旧敵国の間柄なのでちょっと気まずい。気をつかったのかどうかは分からないが、ガイドの人は彼らと日本人の我々を別々に要塞に案内した。
要塞の中は各国語の流れるヘッドフォンを付けて見学して回る。シンガポールの戦いにおける英軍の降伏は大英帝国始まって以来の大規模なものだったようで(8万人以上が投降したらしい)、この降伏が英国に与えたインパクトは相当なものだったようだ。蝋人形がたくさん置いてあって、英陸軍首脳の作戦会議の様子などを見学できるのだが、英軍がなぜ日本軍に降伏したのか分かったような気がした。蝋人形はみな上等な革靴を履き、ハーフパンツにハイソックスという出で立ちだった。当時の様子を映したビデオでも英兵は同じような格好をしていた。さすがに前線で戦闘に従事していた兵士は半ズボン姿では無かっただろうと思うが、何というか、展示の蝋人形からは英軍のピクニック気分が伝わってくる。マレー戦線を英軍は舐めていたのではなかろうか。
シンガポールには他にもいくつか日本との戦争について触れた施設がある。日本にいては気づくことのできない日本の一面を見ることが出来る。
チャイナタウンにある、オーストリア人の営むドイツソーセージの屋台に行った。偶然屋台に居合わせた日本語の話せる横浜在住のドイツ人とビールを飲んだ。
この人の話がとても面白かった。東アジアについての考察が非常に鋭く、外国人とは思えないほどだった。聞けば韓国に7年いたそうで、奧さんは韓国人なのだそうだ。ドイツソーセージの屋台ではビールを売っていないのだが、たむろするドイツ人たちはビールを飲んでいる。そこで声をかけてどこでビールを売っているか訊ねたドイツ人が彼だった(英語で聞くと日本語が返ってきた)。彼もiPhoneを所有していて、最初は当たり障りなくiPhoneの話をしてたんだけど、ドイツを旅行したときの話をしているうちに一杯おごってもらえることになり、ドイツビールを置いている屋台に移って色々と話を聞いた。
例えば日本人男性の女性観は的を射ているなと思った。日本人男性は妻には家庭のことを任せるだけで、家の外に別に恋愛対象を求めようとするとか。ヨーロッパ人はパートナーを選ぶに際しては、容姿だけじゃなく話が合うかとかトータルバランスを重視するから、妻に不満があるからと言って日本人男性のように家庭外に愛人をこしらえたりはしない、もし妻との関係がうまくいかなかったら離婚してしまう、と。まぁそうはいっても東南アジアに女を買いに来るドイツ人だっていないことはないし(そういう連中が既婚か未婚かは分からないけれど)、日本人の男でも相手の人格を重視して結婚相手を選ぶ人だっているだろう。でも日本社会では離婚は「終わり」を意味するのに対して、ヨーロッパでは離婚は新たな「始まり」を意味するというとらえ方はなるほどと思った。
他にびっくりしたのが、アイスランド人の話。アイスランド人は家に客人を迎えるに当たって、「You can fuck my wife」と言うそうだ。にわかには信じがたかったので何度も「本当ですか?」って聞いたんだけど、本当だって言ってた。昔の話じゃなくて、いまでもそうなんだって。北欧はフリーセックスの国だなんてよく言われるけど、それはネタだと思っていた。でも本当なのかも知れない。
このドイツ人のおじさんは本当に博学で、ヨーロッパ人だけどヨーロッパ以外の国の文化や歴史に詳しくて、もちろん言葉もたくさん話せて(ドイツ語、英語、フランス語、韓国語、日本語が話せると言っていた)、とても格好良かった。異国の街で異国の若者にビールをおごり、いろんな話をしてあげられる。俺もこういうおっさんになりたいなと思った。
親戚のお姉さんは平日は仕事があるので、昼間は基本的に一人で観光して回ることになる。初日は一人でオーチャード・ロードに行ってみた。オーチャード・ロードとはシンガポールが国策で発展させたショッピングストリートである。高級ブランドショップから伊勢丹、高島屋といった日系百貨店まで揃ってるすごい通りだ。
滞在先のコンドミニアムはシンガポール中心部にあるので、オーチャードまでは歩いて向かった。赤道直下だし、死ぬほど暑いんだろうなーと思っていたけど、意外に耐えられないほどの暑さではなかった。むしろ日本の真夏の方が暑い。道路は欧米風に植え込みがあってきれいな歩道が整備されている。木陰を歩けば何も問題もなかった。
Continue reading...朝早く家を出て、10時半頃に福岡着。道中、エネループを忘れてきていることに気がつき、福岡空港で搭乗手続を済ませたあと、博多のヨドバシカメラまでひとっ走りしてきた。まぁ今にして思えば、3Gネットワークに接続しなければiPhoneのバッテリー持続時間はすごく優秀で、Wi-Fi + iPodという使い方ではエネループみたいのは一切必要ない感じだった。これは結果的に無駄遣いとなった。
成田には14時前に着き、空港まで会いに来てくれた友達に会った。いろいろ話して昼食を摂り、16時半頃に別れてゲートに入った。搭乗口には裕福そうな日本人がいっぱいいた。発売されたばかりのD90と思しきカメラを見せびらかす者、ブラックベリーと思しき携帯を操作する者、Tシャツにスラックスというただならぬ組み合わせの恰幅の良い男(この男はビジネスクラスに乗っていた)などなど。
シンガポールへは7時間。夕方からのフライトだったので眠りはしなかった。飛行機の中で周りの乗客は結構酒を飲んでいたけど、俺はトイレが近くなるのが嫌なので酒は控えた。飛行機の中ではMacBookに取り込んだアメリを見ていた。現地時間の23:40頃にシンガポール到着。
到着口から出ると懐かしい顔が迎えに来てくれていた。親戚のお姉さんがシンガポールで暮らしているので、そこにしばらくお邪魔させてもらうのだ。
到着ロビーから出るといっぱいタクシーが並んでるんだけど、意外なことに見慣れたクラウン・コンフォートばかりであまり外国に来たという感じがしなかった。しかもシンガポールは日本と同じ左側通行の右ハンドル。
でも親戚のお姉さんがタクシー整理員と言葉を交わしたときに外国に来た感が急上昇した。何だかよく分からない、東南アジアっぽい感じの言葉で喋っていて、全く聞き取れなかった。「え、シンガポールって英語が公用語なんでしょ?」。シングリッシュである。結局、滞在中ずーっとシングリッシュの理解に苦しんだ。何度も聞き返すのでフードコートのおばちゃんに怒られまくり。
タクシーで滞在先となる親戚宅(コンドミニアム)に向かった。シンガポールはタクシー料金が安いのがいい。チャンギ国際空港から市中心部の滞在先まで深夜の割り増し時間帯に乗ってもS$30程度だったと思う。
早速、最寄りのセブンイレブンに携帯電話のプリペイドSIMカードを買いに行った。SIMロックを解除して持ってきたM702iS(MotoRazor)をシンガポールで使おうと思ったのだ。M702iSは3G専用機なので3G用のSIMカードがいるのだが、店員のインド人はあまり携帯に詳しくなさそう。3Gのプリペイドカードが欲しいと言ったんだけど、「3Gて何だ?」と言うばかり。一応StarHubのカードを買ったんだけど、結局それは使えなかった。
まぁそんな感じで初日は終わった。