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2015年6月19日サントリーニ島からミコノス島への移動は3時間程度だった。乗船したのは Hellenic Seaways の Highspeed 4 という船で、高速フェリーのためデッキに出て...

Little Venice

2015年6月19日

Santorini to Mykonos

サントリーニ島からミコノス島への移動は3時間程度だった。乗船したのは Hellenic Seaways の Highspeed 4 という船で、高速フェリーのためデッキに出て外を眺めることができなかったが、船内は広く、売店もあり、エコノミークラスでも客席は足下が広々しており快適そのものだった。アテネ−サントリーニ間をフェリーで移動するのは時間がかかるので時間に余裕のあるバックパッカーとかでないと難しいかもしれないが、ミコノス−アテネ間であればちょうど良いと感じた。

フェリーの中で前の席に中国人のおばちゃんが座っていて、ものすごい食欲でずっと何かしらを食べていたのが印象に残っている。最初はピスタチオ的なものを食べていたのが、バナナを食べ、次第にエスカレートして中国から持ってきたザーサイ的なやつや煮干しの甘露煮的なやつ、その他中国の食品とおぼしきものをこれでもかというくらいに延々と食べ続けていた。

船には本当に中国人が多くて、船内に無料の WiFi はないのかと思って探索してみたらこんな感じだった。中国人の団体旅行客が共用する Pocket WiFi 的なやつがあるっぽい。

So many Chinese

ミコノスではサントリーニ島で泊まったのよりも安めの宿に泊まった。ゲストハウスというやつで、バックパッカー宿とホテルの中間のようなところだった。港に宿の主人が迎えに来てくれていて、同じフェリーでやってきたアメリカ人の老夫婦と一緒に宿へ向かった。

Mykonos scenery

ミコノスはサントリーニ島から 100km ほど北にあり、微妙に植生が異なる。サントリーニ島は太陽光が苛烈で雨が少ないせいか、植物が少なく草があまり生えていない。生えていたとしても乾燥に強い植物か、人間が水を与えて育てている植物だけだった。日本でよく見かける、コンクリートの割れ目から生えた雑草などのたぐいも目にすることができなかった。木の背丈も低く、建物の家に覆い被さる木はほとんど生えていない。恐らく植物が少ないせいだと思われるが、植物をすみかにする昆虫も少ない。蚊やハエはいっぱいいるが、蛾やカナブンのような夜行性の明かりに群がる虫の姿を一切見ることがなかった。昆虫が少ないせいだと思われるが、こういった虫をエサにする鳥もおらず、サントリーニ島で鳥の鳴き声を聞くことはなかった。しかしミコノス島では鳥の鳴き声を聞くことができたし、植生が幾分豊かで、道ばたで雑草を見かけることができた。木は建物を覆い被さるように育ち、心地よい日陰を提供してくれていた。サントリーニ島からミコノス島に移動しただけでずいぶんと心の安らぎを感じた。サントリーニ島は自然環境が苛烈で、やはり人が暮らすのに適した環境ではないと思う。

Sea side church

ミコノスの文化的側面としては、ゲイのパラダイスとして有名らしく、短く毛を刈り込んだおしゃれなおっさんが二人で歩いてる姿をたびたび目にした。またミコノスは観光客ばかりというわけでもなさそうで、飲食店では普通に地元のギリシャ人と混じって食事することが多かった。地元の人が利用する店だと当然値段が安く、バーでは巨大なドラフトビールを低価格で飲むことができた。ビーチもたくさんあるようである。

Mykonos town view

一日目は宿に着いたあと適当にミコノスの街を散策した。ミコノスで現金が尽きたため JCB のクレジットカードでキャッシングを試みたところ、さくっと降ろすことができたあっけにとられた。しかも後日インターネットで Web 明細を見てわかったことだが、円・ユーロのレートが良くて、手数料込み 139 円だった。アテネ空港の銀行の窓口で両替したときは、レート 141 円でそれとは別に手数料を €7 とられたりした。やはり海外で現地通貨を得るには日本のキャッシュカードかクレジットカードで現地の ATM を利用するのが一番レートが良いなと思った。両替屋が一番レートが悪い。キャッシュが手に入ったのでスブラキのファーストフード店に入って豪遊したが €14 しかかからず最高だった。

Gyros

夕方、ミコノスの有名な景勝地、海岸の風車のあたりを歩いていると、再度アメリカ人の老夫婦と出会って少し立ち話をした。ハワイから来ていること、長い時間をかけて旅行していること、孫が9人いること、ミコノスのあとはアテネに行ってローマに行くこと、2歳の子どもを連れて旅行するのは勇気がある云々。初めて話すのにどこで会ったことがあるような感じのする不思議な夫婦だった。

ミコノス初日は風邪を引きずっていたため、軽く街を散策して夫婦げんかしたあとバーに入ってビールを飲んで終わった。

Mykonos windmill

2015年6月20日

旅行中初めての連泊だったため、二日目は時間を有効活用できた。ただ自分はこの日も体調が優れず、またプリペイド SIM が切れてインターネットに屋外でアクセスできないことがストレスで二日目の午前中はふて寝してしまった。嫁さんが買ってきた風邪薬を飲んでぼちぼち体調が回復し、昼からミコノスタウンに出た。ミコノスの街を再度散策し、海が見える場所で食事をしようとレストランを物色して回った。何軒か回ったが景色が良いところはやはり高く、スパゲティ単品が €25 とかした。このときは両替レートは €1 = ¥150 くらいだと思い込んでいたので、スパゲティ一皿で 3750 円とかありえないと思ったのでなかなか店に入れずさまよった。

うろうろと街を歩いていると、リトルベニスのあたりにレインボーマークがついている店があって客引きをしていた。嫁さんはゲイとゲイカルチャーが好きでこのマークにピンと来たようでこの店に入ることになった。チーフ・ウェイターのようなおっさんが面白おかしくて、何を注文すれば良いかなどを的確にアドバイスしてくれた。海の縁に建っているかのような建物で海を眺めながら食事ができて気持ちよかった。

Katarina's Restaurant

Katarina's Restaurant

食事のあとは、教会の前で写真を撮ったり、ジャラートを食べたりした。息子殿をエーゲ海の水につけて遊ばせたりした。繁華街の真横にオールド・ポートがあって、すぐその脇で泳いでいる人がいるのは日本の感覚からすると不思議な感じがした。ジプシーと思われる、肌の色が黒い子どもたちがたくさん遊んでいた。

Ice cream church

Old port beach

宿に戻ってシャワーを浴びて一休みしたあと、またミコノスの街へ降りていった。夕日はビーチで見ることができなかったが、日が沈んだあとの夕景が何ともいえず美しかった。

Sea side at Mykonos

10 年前にドイツを旅行したときは街中でたびたび目にすることができたゴルフ 2 がギリシャではあまり走っておらず、路上駐車してあるガンメタの GTI を見つけて嬉しくなって写真を撮った。

Golf 2

夜はどこに行くかさんざん迷って、 tripadvisor で評判の高かったレストランに行ってみたが、予約でいっぱいだと言われて入れてもらえなかった。結局近くの適当なレストランに入ったが、まずくもなくうまくもない、何とも言えない残念な食事になってしまった。

Not so good dinner

この日は土曜で、ミコノスの街は活気であふれていた。金曜や土曜の夜は日本だと居酒屋が満席になってレストランが混雑している印象はないが、ヨーロッパだと大人数で食事する習慣がないせいか(ないわけではないだろうけど、大人数が集まるパーティとかは誰かの家でやってそう)、また居酒屋という形態の店がないせいか、普通のオシャンティなレストランが賑わうようだった。

2015年6月21日

汚れ物がたまっていたため、朝起きてすぐコインランドリーを探してミコノスタウンまで降りた。しかし朝早すぎてセルフサービスのコインランドリーは営業しておらず、街外れのランドリーに入ってみた。聞いてみるとセルフサービスではなく、衣類を預けて洗ってくれる洗濯屋だった。 €10 で 3 時間後に出来上がるとのことだったので頼むことにした。この洗濯屋がなかなか便利で、洗濯は洗って干してたたんでというプロセスがあるため、自分ですべてやろうとするとだいぶ時間がかかってしまう。旅行中の時間はとにかく貴重なので、 €10 で洗って干してたたんでもらえるなら頼んだ方がよいなと思った。受け取りに行ったときにはきれいにたたんであり、匂いもよくて十分に満足できるサービスだった。

ミコノス最後の朝は前日にスーパーで食材を買い込んでいたため、部屋で軽く自炊的なことをやってみることにした。泊まっていたゲストハウスは部屋に簡易的な電磁調理器があった。ギリシャコーヒーの豆を買ってあったのでチャレンジしてみたが、ゲロまずで飲めたものではなかった。ああいうのは店で飲まないとダメだと思う。

宿の中庭で遅めの食事をしていると、件のアメリカ人夫婦が宿を出るところに出くわした。この夫婦とは初日ミコノスタウンでしばしば話し込んだが、二日目には話をする機会がなくもっと話をすればよかったと少し感傷的な気分になってしまった。

再び街に出て 12 時過ぎに食事をした。この日は日曜だったが、ミコノスの街は昼頃になっても閑散としていて、この時間になってようやく業者が水や食材を飲食店に運んでいるようだった。まるで早朝のような風景で非常に興味深かった。

街を散策していてパン屋を発見してみたので中に入ってみた。日本のパン屋のようなおしゃれな感じはなく、棚は金属製の無骨なもので、すぐ脇に製粉所のような施設やパンの工房があり、パン工場の一角でパンが売られているという感じだった。しかし地元の人と思われる人たちが次々にやって来てパンを買っていた。前日にゲイレストランで食べて非常においしかったビスコッティっぽいものが売ってあったので買ってみたが実際おいしかった。

Mykonos bakery

パン屋を出たあとは再度ゲイレストランに赴いてしまった。日曜の昼は営業しているレストランが少なく、前日に食べた料理がおいしかったので他の料理も期待できる、という嫁さんの判断だった。二日目もベランダの海が見える席で食事した。面白ウェイター氏と少し話し込む。最近は中国人が多いけど自分は連中が嫌いだ、ぐちゃぐちゃに食べこぼすしわーわーうるさい。日本人のことは大好きだ、きれいに食事するから、日本にも行ってみたいと思っている云々。中国人は一日一日観光地を転々として良い旅行をしていない、三泊とか四泊してじっくり街を見ないとそこの良さがわからない、とも話していた。

Katarina's again

土産物の買い物をすませ宿に戻り、主人にミコノスの空港まで送ってもらった。このあととんでもないことが起こるとは夢にも思っておらず、ここまですべてが順調だった。

Air Passenger Rights

空港に着いてチェックインの手続きをしようとすると、なぜか異常に人が並んでいて手続きが進まない。アナウンスの英語はなまりがきつくて聞き取れない。周りの人たちが話している内容を盗み聞きしてようやく事態を把握した。どうも飛行機が欠航するようだった。この日はミコノスからアテネに移動し、さらに飛行機を乗り継いでクロアチアのドゥブロヴニクに行く予定だった。

乗ろうとしていた飛行機はギリシャのエーゲ航空で、とにかく最低最悪の会社だった。チケット窓口の連中は一件一件処理に異常に時間がかかるし、チェックインカウンターの職員も「滑走路に問題があって飛べない、うちの会社は何も悪くない」とまるで他人事のような態度をとる。自分がうろたえている間に、周りの人々はチケットカウンターの振り替え・返金の列に並んで諸々処理を行っていた。欧米の連中は自国の飛行機会社でこういうのに慣れているのかあまり騒ぐ人もおらず淡々としていた。

飛行機が遅れても 3 時間も空けておけば乗り継ぎの問題はないだろうと思っていたが、結局この日のミコノス => アテネ便に乗ることはできず、ドゥブロヴニク行きは頓挫してしまった。エーゲ航空は今夜の宿と宿へのタクシー代は出すと言ったが終始横柄な態度で最悪だった。列に並んでいる乗客を放置して休憩に出て、並んでいる人々の横をフラッペ(インスタントコーヒーで作るギリシャの泡立てコーヒー牛乳)をチューチュー飲みながら涼しい顔で通り過ぎる様には本当に腹が立った。しかもアテネ便は飛ばないのに、その後のテッサロニキ行きは搭乗手続きを受け付けていて最悪だった。

エーゲ航空の振り替えの処理が済むと急いで登場予定だったクロアチア航空に嫁さんが電話し、便を変更してもらった。一日おきにしか便がないのでクロアチア入りは翌々日になった。また便の変更に一人あたり €60 かかり、曜日が変わるためチケット価格自体も変わり、 €289 の出費となった。つらい…。

自分たちは飛行機のチケットの取り方を間違っていたのかも知れない。ミコノスからアテネとアテネからドゥブロヴニクを別々にとるのではなく、周遊チケットでミコノス => アテネ => ドゥブロヴニク、という取り方にしていればこのような問題が発生したときにエーゲ航空に全責任を負わせることができる。乗換に際して発生した不都合はエーゲ航空の責任になるのだ。しかし今回は自分たちでチケットを別々に手配していたため、エーゲ航空はその日の宿代とタクシー代しか出してくれなかった。

またクレジットカードの付帯保険を過信していたのも良くなかった。ゴールドカードでもない限り、飛行機の遅延欠航や、手荷物のロストは補償されない。海外旅行慣れしている嫁さんだけ旅行保険に加入しており、自分は加入していなかったので何も補償されず、大変つらい状況に陥ってしまった。やはり外国に行くときは何が起こるかわからないので、一万円程度はけちらずに保険に入っておいた方が良いと思う。

Panorama Hotel

エーゲ航空が手配した宿はパノラマホテルという名前だが場末の何もない丘の上にあるホテルで、とにかく蚊が多いホテルだった。ホテルの部屋に WiFi がなく、ロビーまで赴かないとインターネットに接続できなかった。しかもそのロビーが蚊だらけで最悪。レストランもないので食事をするためにも急峻な丘を降りないといけない。我々は滑走路トラブルで飛べなかったのに、離着陸する飛行機の音が聞こえてやかましいこともいらいらさせた。我々がホテルのレセプションにたどり着くと、同じようにエーゲ航空をキャンセルになった人たちがいて、エーゲ航空最悪ですわよねみたいな話をした。明日の朝のタクシーを予約してもらえまいか、とレセプションの女性に頼むが、この島ではタクシーの時間指定の予約はできない、そのとき電話して 10 分後に来てくれと頼むとか、そういう呼び方しかできないという。オーストラリア人のおばちゃんは、この件があるまでギリシャいいところだと思ってたけどいまは嫌いだ、と言っていた。またあるおっさんは人差し指を立てながら「Let's enjoy it!」と自分に向かって話しかけて同伴の女性と肩を組んで海に去っていった。

クロアチアで泊まる予定だった宿に嫁さんに電話してもらって今日たどり着けないことを伝えると、我々も仕方なく水着に着替えて海に行った。はじめてエーゲ海の海に入ったが思ったよりも水が冷たく、想像していたのと違った。ちなみに海に入っている間に嫁さんは荷物から財布を盗まれてたっぽい。

このビーチは雰囲気が東南アジアぽかった。ギリシャ、ヨーロッパの国なのにゴミが氾濫してるしみんな野外で半裸状態で飯食ってるし本当に東南アジアっぽい。

Deserted beach

その後は部屋に戻って夫婦げんかを行い、嫁さんは息子殿と二人で食事に行ったが、俺が渡した €50 をどこかで落としてしまい最悪だった。嫁さんは旅行中にカメラ、 €50 、€80 くらい入った財布と、ずいぶんと多くのものを落としていて、一切貴重品を預けてはいけないなと思った。

この日は疲れすぎていて嫁さんが買ってきたハンバーガーを食べるといつの間にか寝てしまっていた。我々は乗ることができなかったのに、夜遅くまで飛行機の音が聞こえるのがとにかく腹立たしかった。

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