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夕刻の今津湾
夕刻の今津湾

2 年前にソフトウェアエンジニアからプロダクトマネージャーにロールチェンジした。ソフトウェアエンジニア時代は割と頑張れてたし成果を出せてた気がするのだけど、プロダクトマネージャーになってからは正直かなり苦戦した。プロダクトマネージャー 3 年目を迎えてようやく仕事に自信が持てるようになってきた気がするので、振り返りを兼ねて、これから同じようにプロダクトマネージャーにコンバートしたいと思っている人の役に立てばと思って書きます。


プロダクトマネージャーになった理由

夕影
夕影

ソフトウェアエンジニアだったとき、プロダクトマネージャーが不在のプロジェクトにアサインされたことがあった。機能コンセプトと画面デザインはあったが明確な仕様ドキュメントはなく、未確定の仕様をつまびらかにしつつ、関係者の合意を得ながらコードを書いていく必要があった。エンジニアだった頃の自分は機能的な仕様は誰か他の人に決めてもらって、自分は技術的な仕様を考えてコードを書くことに集中したかった。

このときは正直とてもつらくて、結局機能をリリースすることもできずプロジェクトはぽしゃってしまった。このような経験を自分はもうしたくないし、他の人にもさせてはいけないと思った。ビジネス的に成功するためだけでなく、エンジニアやデザイナーが不幸にならないためにも、きちんと作るものを定義してくれるプロダクトマネージャーが極めて重要だと思った。

その後しばらく時間が経ち、転職した職場でエンジニア・デザイナーが増えるにつれて専任のプロダクトマネージャーが存在しないことによる課題が露呈するようになった。プラットフォーム間での仕様の食い違いや、勘や憶測に基づく機能開発など。このままではプロダクトが間違った方向に進みかねないし、かつての自分のようにデザイナーやエンジニアが苦労をすることになると思った。誰か一人が専任のプロダクトマネージャーとなって交通整理をする必要があるだろうと考え手を挙げた。

プロダクトマネージャーの役割

プロダクトマネージャーの役割や定義については様々あるが、自分は「ユーザーに必要とされる製品を定義し、ビジネス的な成功を達成すること」だと考えている。プロダクトマネジメントについての本を何冊か本を読んだが、その中で最も感銘を受けた『 Making It Right 』という本にはこのように書いてある。

The product manager’s mission is to achieve business success by meeting user needs through the continuous planning and execution of digital product solutions.

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (p.17). Smashing Magazine. Kindle 版.

この本を読んだ後に書いた記事ではこの部分を以下のように訳している。

ソフトウェアを継続的に企画・製造してユーザーのニーズを満たし、ビジネス上の成功を実現する

プロダクトマネージャーの Job Description - portal shit!

この記事の内容はいささか抽象的ではあったが、いま見てもそんなに違和感はない。記事内で引用した Dan Olsen の図から特に重要な部分を抜き出すと以下だろう。

プロダクトマネージャーの仕事
プロダクトマネージャーの仕事

上図の赤枠で囲われた部分、ユーザーのニーズとプロダクトをマッチングさせ、売れる製品を作ってユーザーの問題を解決すること( Product/Market Fit )がプロダクトマネージャーの役割だ。ユーザーの課題を解決する画期的な製品を作ることが出来たとしても、収益性が悪ければプロダクトマーケットフィットしたとは言えず( Solution/Problem Fit に過ぎない)、プロダクトマネージャーの役割を果たしているとは言えない。

I-shaped people
I-shaped people

プロダクトマネージャーにふさわしい人物像として、プロダクトマネージャーは I 型人間であるべきと述べられている。再び同書から引用する。

First, they need to have their heads in the clouds. PMs need to be leaders who can look into the future and think strategically.

日本語訳: プロダクトマネージャーは雲の上に頭を置いておく必要がある。未来を見越すリーダーであり、戦略的な思考が求められる。

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (pp.22-23). Smashing Magazine. Kindle 版.

But good PMs also have their feet on the ground. They pay attention to detail, and they know their products inside out. They are the product’s biggest users — and its biggest fans and critics.

日本語訳: しかし同時に、良いプロダクトマネージャーは地に足を付けていなければならない。良いプロダクトマネージャーは細かいところまで注意を払い、プロダクトの表と裏を知っている。良いプロダクトマネージャーはプロダクトの最大のユーザーである。最大のファンであり、批評家でもある。

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (pp.23-24). Smashing Magazine. Kindle 版.

Most importantly, PMs know how to ship. They know how to execute and rally a team to get products and improvements out in the world where the target market can use them and provide feedback.

日本語訳: 最も大事なこととして、プロダクトマネージャーは製品のリリース方法を知っている。開発チームをとりまとめて開発プロジェクトを遂行し、製品を求めフィードバックを与えてくれる外の世界(=対象とする市場)に届ける方法を知っている。

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (p.24). Smashing Magazine. Kindle 版.

雲の上から俯瞰して戦略的にものごとを考えることも出来るし、地に足を付けていてプロダクトの細かいところも把握している。ユーザーの課題を発見するところから始まり、課題を解決する方法をとりまとめて世に送り出し、フィードバックを得るところまでできるのがプロダクトマネージャーにふさわしい人物像ということだろう。

具体的な仕事内容を挙げると以下のような感じではないだろうか。

1. 何がユーザーの問題かを特定する

  • ユーザーインタビューやユーザーアンケートを実施する
  • アクセス解析や利用ログに基づく定量的な分析を行う
  • 競合製品と自社製品の機能比較を行う

2. その問題を解決する製品を定義する

  • 要件定義・仕様書の作成
  • ユーザーストーリーの作成
  • カスタマージャーニーマップの作成

3. 製品がリリースされるまで開発チームに帯同し、リリースを成し遂げる

  • プロダクトロードマップ(リリース計画)の作成
  • プロジェクトの推進(プロジェクトマネジメント)
  • 他部署(セールス、マーケティング、サポート)との調整

4. 製品が「正解」であったかの評価を行う

  • 利用状況の調査やユーザーアンケートを実施し、プロダクトがユーザーの問題を解決したか評価する
  • 1 に戻り、製品を継続的に改善する

実際になってみてのギャップ

本から得た知識をもとに、意を決してプロダクトマネージャーになってみたものの、想定と現実の間には大きなギャップがあり苦しんだ。具体的には、作るべき製品を定義するのがプロダクトマネージャーの仕事だと思っていたがそうではなかった。

エンジニアは作りたいものを作りたいし、プロダクトマネージャーが作るべきものを定義するまでもなく機能は開発されていく状態だった。開発すべきものがわからないのではなく、開発したい機能が多すぎて困っているという状態だった。

自分が思い描いていたのは以下のような役割分担だった。プロダクトマネージャーが必要な機能と要件・機能仕様をまとめ、デザイナーがデザインに落とし込み、エンジニアが機能を実装する。

プロダクトマネージャーが開発プロセスに関与する
プロダクトマネージャーが開発プロセスに関与する

しかし実際は以下のような感じで、機能のアイディアを出す企画段階からエンジニアが担当し、プロダクトマネージャーは他のプロジェクトチームや営業、マーケティングチームとの調整が主な役どころだった。製品の仕様に関われるのは既存機能の不具合対応のときくらいで、後は開発チームによって作られたソフトウェアを受け入れるだけの存在だった。

プロダクトマネージャーが開発プロセスに関与しない
プロダクトマネージャーが開発プロセスに関与しない

エンジニアが機能の企画・要件定義も行う体制では人手が足りず実装に十分な時間を割けないので、企画・要件定義を担当するエンジニアとは別に実装者のエンジニアがアサインされるようになった。企画・要件定義を担当するエンジニアがプロジェクトリーダーとなって実質的なプロダクトの責任者となる。プロダクトマネージャーは外部や経営陣との橋渡しをするだけの調整役になってしまった。

プロジェクトリーダーが実質的なプロダクトマネージャー
プロジェクトリーダーが実質的なプロダクトマネージャー

上図のプロジェクトリーダーと呼ばれるロールこそが自分の中ではプロダクトマネージャーだという認識だったが、このロールはプロダクトマネージャーのものではなかった。

プロダクトマネジメントの認知度が原因?

なぜ期待と現実のずれが生じたのか。当時の自分は、プロダクトマネジメントというものへの認知が不足しているからだと思っていた。

プロダクトマネージャーという職能が日本で一般的に認識されるようになったのは伊藤直也さんや Higepon さんが Rebuild ポッドキャストで話していた 6 年くらい前からでないかと思う。その後 antipop さん達がプロダクトマネージャーの Slack コミュニティなどを作り、一時期プロダクトマネージャー界隈が盛り上がっていた。

しかし、一般的な日本のソフトウェア企業でその存在が認知されるようになってからはまだ日が浅い。プロダクトマネージャーという役割に対する理解は圧倒的に足りていない。それが自分の役割に苦しんだ最大の原因だと考えた。

本に書かれているプロダクトマネージャーのロールを押し通そうとして軋轢を生んだこともあった。『 Making It Right 』にも以下のように書いてある。

Common objections to the role include:

  • “We have different people in the organization who fulfill each of these functions as part of their roles.”
  • “I don’t see how the role will make us more money.”
  • “Product managers will just slow us down.”
  • “I don’t want to relinquish control of the product to someone else.” (OK, that one is usually thought without being said out loud.)

プロダクトマネージャーという役割に対する反対意見の例:

  • 「うちの会社にはプロダクトマネージャーの役割を部分的に果たす人々がすでに存在してるんだ」
  • 「プロダクトマネージャーとやらが会社を儲からせてくれとは思えないな」
  • 「プロダクトマネージャーって連中は開発チームのスピードを下げるだけの存在だよね」
  • 「プロダクトについての決定権を手放したくないんだよ」(通常、声を大にして言われることはない)

— Merwe, Rian van der. Making It Right: Product Management For A Startup World (pp.19-20). Smashing Magazine. Kindle 版.

プロダクトマネージャーが存在しない組織では、プロダクトマネジメントのロールをデザイナー、エンジニア、カスタマーサポートなど様々なロールの人々が少しずつ分担しながら製品が作られていく。そこに突然プロダクトマネージャーが現れて「それ僕の仕事なんで僕がやりますよ」と言うと反感を買ってしまう。

プロダクトマネージャーの存在が認知される以前から、ソフトウェアの仕様を固めたり、ステークホルダーと調整したりする仕事自体は存在していて、大体はエンジニアの中のリーダーがその役割を受け持っていたのではないだろうか。少なくとも自分がこれまで勤めてきたプロダクトマネージャーのいない職場ではそうだった。ビジネスサイドから提示された大まかなビジネス要件を元にエンジニア(もしくはデザイナー)のリーダーが機能要件をまとめていた。

同じような話が伊藤直也さんのプロダクトマネジメントについてのブログにも書かれてある。

一体型のソフトウェア開発と分業型のソフトウェア開発

なぜこのような慣習が出来たのかを考えると、日本のソフトウェア産業の構造が響いているような気がする。受託開発が中心だった日本のソフトウェア産業1では、ソフトウェア開発はひとまとまりに開発者(ソフトウェアを作る側)の仕事ということになっている。受託開発であったとしても受託者側で作るシステムの要件定義を行うケースがほとんどではないだろうか2

日米受託開発の割合

総務省|平成30年版 情報通信白書|日米のICT投資額の推移

このため作るべきものの定義と作る作業の境界が曖昧なのだと思う(一体型のソフトウェア開発)。一方でシリコンバレーではジョブデスクリプションが明確で役割分けに敏感なので、作るべきものの定義とその結果に責任を持つ人(プロダクトマネージャー)と、作ること自体に責任を持つ人(エンジニア・デザイナー)が明確に区別されているのだろう(分業型のソフトウェア開発)と推察する。

エンジニアとプロダクトマネージャーの職能の分離
エンジニアとプロダクトマネージャーの職能の分離

したがって、プロダクトマネージャーの役割の認知が広がらない限りはこの問題は解決できないと思うようになっていた。半ば諦めというか、自分では解決できない問題に立ち向かわなければならないようで、とても苦しく悶々とした日々を過ごした。

しかし一方で、プロダクトマネージャーの役割は会社によって異なると良く言われる。『逆説のスタートアップ思考』の馬田さんが書かれている記事には以下のように書いてある。

組織のリソースが豊富な場合はプロダクトの仕様を策定するだけの PM なのかもしれません。スタートアップのようにまったくリソースのない組織の場合は、全部の機能を一人がやらなければいけないのかもしれません。人を採用して少しリソースが増えたら、また PM に求められるバランス感が変わってきます。

組織の今の状況に応じて PM はその役割を変えますし、同じ組織においても時間が過ぎれば役割が変わっていくと認識しておくほうがよいのでしょう。

プロダクトマネジメントトライアングルと各社の PM の職責と JD | by Taka Umada | Medium

当時の自分はこの観点が抜け落ちていた。もっと柔軟に振る舞って、どうすれば良いプロダクトをユーザーに届けられるかという視点に立ち、所与の環境でどういう働きをすべきかが考えられていなかった。

プロダクトマネジメントのない組織にプロダクトマネジメントを浸透させる方法

自分の失敗経験を踏まえ、一人目のプロダクトマネージャーとしてどう動けば良かったのかを振り返ってみる。

まず、プロダクトマネージャーが存在しない初期状態が以下だ。経営陣が戦略を、開発チームが戦術を担当する。

役割の戦略性 - 初期状態
役割の戦略性 - 初期状態

そこにプロダクトマネジメントの仕組みが導入されるとこうなる。プロダクトマネージャーは戦略と戦術の両方を股にかける動きをする。 What の領域に主眼を置きつつも、 Why や How にも関わる。

役割の戦略性 - プロダクトマネジメント導入
役割の戦略性 - プロダクトマネジメント導入

自分がプロダクトマネージャーになったとき、会社はプロダクトマネージャーに戦略性の高い領域を守備範囲とすることを期待していた。

役割の戦略性 - 戦略寄りのプロダクトマネジメント
役割の戦略性 - 戦略寄りのプロダクトマネジメント

しかしそれに反して自分自身は機能仕様の策定など、戦術的な領域を守備するつもりでいた。

役割の戦略性 - 戦術寄りのプロダクトマネジメント
役割の戦略性 - 戦術寄りのプロダクトマネジメント

この認識の違いのせいで会社、開発チームとの軋轢が生じ、仕事のやりづらさや違和感につながったと考える。

本で読んで得ていたプロダクトマネージャー像はどれも中規模以上の、プロダクトマネージャーが何人かいる組織でのものだった。なので一人目のプロダクトマネージャーとしてどう動くべきかという観点での参考資料にはなり得なかったのだろう。その点は自分の反省点だと思う。

一方で、組織が大きくなってプロダクトマネージャーの数が増えると、以下のように役割を分担できるようになる。

役割の戦略性 - プロダクトマネージャーの役割分担
役割の戦略性 - プロダクトマネージャーの役割分担

戦略性の強い仕事を上級のプロダクトマネージャーが担当し、戦術領域に関してはジュニアなプロダクトマネージャーが担当すればよい。

少し前に読んだ『プロダクトマネジメント』という本では、以下のような説明がなされていて納得感があった。

 プロダクトマネージャーの戦術的な仕事では、機能を作って世に出すという短期的な行動に焦点を当てます。次にすべきことを決めるのに使うデータを処理したり、日々、開発者やデザイナーと一緒に作業を分解してスコープを決めたりすることも含まれます。

 戦略的な仕事では、マーケットで勝利して目標を達成するためにプロダクトや会社のポジショニングを考えます。プロダクトや会社の将来像や、そこに至るために必要なことに着目します。

 運営の仕事では、戦略を戦術的な仕事に結び付けます。プロダクトマネージャーは、プロダクトの現状と将来像をつなぐロードマップを作り、チームはそれに沿うように仕事を進めます。

— Melissa Perri 『プロダクトマネジメント』オライリー・ジャパン

以下の図もわかりやすい。

プロダクト関連の役割における戦略、運営、戦術の仕事の割合(10人以上のチームの場合)

自分がプロダクトマネージャーの役割だと思っていたのは図中で言う「アソシエイトプロダクトマネージャー」か「プロダクトマネージャー」だったのだと思う。しかし会社は「プロダクト担当ディレクター」か「プロダクト担当 VP 」相当の存在を求めていた。戦術の領域はエンジニア・デザイナーに任せ、プロダクトマネージャーは戦略と運営にフォーカスするような働きが期待されていた。一方で自分は戦術にフォーカスしたプロダクトマネージャー像を持っていたため、組織のニーズにマッチできていなかった。

スタートアップのような小さな組織では常に人手が足りていないので、いくつかのロールを兼任することが求められる。小さな組織でプロダクトマネージャーが一人しかいないときには、戦術はある程度手放してエンジニアとデザイナーに丸投げし(エンジニア・デザイナーにプロダクトマネジメントのロールを兼任してもらう)、プロパーのプロダクトマネージャーは運営と戦略にフォーカスすべきだったのかも知れない。自分はそれができなくて、戦術に拘泥して失敗してしまったのだろう。

ただし、『プロダクトマネジメント』では、経営陣が期待するアウトカムではなく特定の機能( HOW )の実装を開発チームに要求し、一貫した戦略が存在しないためビルドトラップに陥る、ということも書かれている。プロダクトマネジメントの仕組みを整えるには、 CEO をはじめとした経営陣も一定程度戦術(どんな機能を作るか)からは手を引き、プロダクトマネージャーに権限を委譲していく必要がある。もちろん、なかなか簡単には HOW の領域から手を引いてもらえない(「プロダクトについての決定権を手放したくないんだよ」)ので、プロダクトマネージャーはうまい具合に立ち回って経営陣には戦略策定に特化してもらい、プロダクトについてのイニシアチブを自分で獲得していく必要があるだろう。

まとめ

  • プロダクトマネージャーの役割を明確に
    • 会社はあなたに何を期待しているのかを明確にする
      • 戦略なのか? 戦術なのか? 運営なのか?
    • 本に書いてあること = 会社が求めているプロダクトマネージャー像ではない
      • 会社のステージによってプロダクトマネージャーに求められることは変わる
  • プロダクト開発のイニシアチブをとる
    • 経営陣から特定の機能の開発( HOW )を要求されたきたとき、それは何を目的としているのか( WHY )、どんな結果をもたらすのか(アウトカム)を問う
    • 経営陣には期待するアウトカムと戦略の策定にフォーカスするよう促す
      • 機能開発を一任してもらえるように信頼を獲得する
  • 開発チームからの信頼を得る
    • 自分が関与する必要がないところからは手を引き、信頼してお願いする
      • 「船を作りたいのであれば、木を集めさせたり船の作り方を指示するのではなく、果てることがない広大な海への熱情を説く」

今年の前半に取り組んだプロジェクトで、プロダクトマネージャーになったときに自分のミッションだと思っていた Product Market/Fit を達成することが出来た。ユーザーがお金を払っても欲しいと思うものを考え、健全なマネタイズ手法を提案してリリースするところまで成し遂げた。これまで苦しんだ 2 年間だったけれども、ようやく自信を持って「プロダクトマネージャーやってます」と言えるようになった気がする。

長垂海岸の夕焼け
長垂海岸の夕焼け


  1. アメリカは受託の割合が半分強なのに対して、日本は 9 割弱が受託開発。アメリカはシステムを内製する傾向にあるので、内製システム開発も含めると受託の割合はさらに下がりそう。 

  2. 大規模なプロジェクトではどうか知らない。自分が以前勤めていた Web デザインに毛が生えたようなシステム会社では受託者側が要件定義書を作って顧客の承認をもらっていた。 

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仕事でなんか問題があったときにとりあえずミーティングすると大抵うまくいかない。事前に何が問題なのかを見極め、正しくアジェンダを設定しないとただ集まっただけになり、生産的な議論ができない。

一方で問題があったときにとりあえずミーティング招集してうまく行く人もいる。瞬発的に何が問題なのかを察知しアジェンダ設定できるのだろう。あとは断言力ともいうべきか。これが問題なんじゃおりゃ、と言い切って断定することでうまくまとまったような印象を与えられる側面もあると思う。これは人間性に依存する部分が多いので誰しもが使えるテクニックではない。

自分は基本的に自信がないので常におどおどしていてなかなか「おりゃ」と物事を断言できない。なのでノープランでミーティング召集するとグダグダになって参加者から不満が噴出してしまう。

ミーティングを段取るスキル、学校では教えてもらえないけど極めて重要なスキルだと思う。コミュニケーション能力が低い人でもうまくミーティングを段取りできるような、実践的なミーティングテクニックを学んでみたい。

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DHH が Twitter で言及していた記事がおもしろかったので著者の許諾をもらった上で翻訳しました。

Salesforce の Product Manager 、 Blair Reeves さんの記事。


僕は自分のテクノロジー業界でのキャリアのすべての期間をリモートワーク擁護者として過ごしてきた。それは自分自身のリモートワークの経験から始まった(ありがとう IBM !)。以前も書いたことがあるが、リモートワークというものは破壊的なテクノロジーでその優位は揺るぎない。このことは自明なのでここでは労力を割かない。

今週、 Facebook が一部の従業員に対して好きなところに住んでリモートワークすることを認めた(訳注: Zuckerberg says employees moving out of Silicon Valley may face pay cuts )ことで、これまでたびたび論争になっていたリモートワーカーへの報酬についての議論が再燃した。この問題は究極的にはリモートワーカーにいかに "公平に" 支払うか、ということだ。このことが報酬についての議論を難しくしている。たくさんの会社がこの件に悪戦苦闘しているが、それはよこしまな理由からではない。

とはいえ、正しい議論と間違った議論があると思う。現実主義によって多少脚色されている。

現実的な観点では、テック部門の人件費をサンフランシスコやニューヨーク以外のレートに切り詰めるということだ。たとえば Facebook の Product Marketing Manager の初任給から 20% 削減された金額だとしても、ウィンストン・セーレムやジャクソンビル、リトル・ロック、ブルーミントン(訳注: すべてアメリカの地方都市)に住んでる人には魅力的に思えるだろう。多くの雇い主が給与額で競争するような状況が我々にとっては望ましい。機会が増えることは常に望ましい。だからどんどんやって欲しい。

上記を踏まえた上で主張するが、生活コストに応じた給与額の調整はとても不公平だしよくない習慣だと思う。同じ仕事をして同じ価値を発揮している人には同じ給料を支払うべきだ。

何が変わったか

最近までフルリモートで働くことは多くの人にとって選択肢になかった。もし X 社で働きたいと思ったなら、 X 社のオフィスがある大都市に引っ越す必要があった。それが取引だった。

しかしこれまで自分が働いてきたソフトウェア企業では、ほとんどの人の仕事はオンラインかつリモートでこなすことが可能だったし、実際にそうしていた。そう、すべてだ。プロダクトマネジメント、エンジニアリング、デザイン、オペレーション、マーケティングなどなど。リモートワークに懐疑的な人でさえ心の底ではこのことはわかっている。そしていま、(訳注: コロナウイルスの影響でリモートワークをするようになり)長い間信じられてきたリモートワークの優位性が実際に証明されてしまった。リモートワークで問題ないのだ。リモートワーク懐疑主義者達が間違っていたことが完全に証明された。

言い換えれば、従業員を大都市圏に住まわせることのビジネス面での合理性は崩壊したということだ。多くの人がニューヨークのような大都市に住みたいと思っているが、大都市に住むことは会社の成功にとって重要ではないし実際には無関係だ。ソースコードの善し悪しにどこで書かれたかは関係ない。ユーザーストーリーも、デザインモックアップも、販促資料もだ。テンペ(訳注: アリゾナ州の人口 16 万人の都市)でできることはメンロパーク(訳注: Facebook の本社があるシリコンバレーの都市)でもできる。

(ここはインターネットなのであら探しが好きな人もいるから捕捉しておくと、確かにある種の人たちは実際にビジネス上の理由で特定のエリアに住む必要があるだろう。具体的には顧客対応が必要な仕事、営業やカスタマーサクセスだ。これらの職種は希な例外としておく)

生活コストベースの報酬の理論的根拠が生活費が高い大都市に住む従業員への配慮なのだとしたら、もし雇用者が大都市の労働者を好まなくなったとしたらどうなるだろう? 違う言い方をしてみよう。「なぜ生活費が安い場所に住んでる連中が必要以上のお金を欲しがるんだ?」という問いをひっくり返すと「なぜ会社はサンフランシスコに住んでる連中が必要なんだっけ?」になる。

生活費が高い/安い場所で、労働者がゆとりのある生活を送るために必要な報酬はいくらだろう、というのはよく議論の的になる。ただ、こういう問いの立て方は問題に対する間違ったアプローチで、どのくらいの生活費がかかる場所に住むかというのは完全に個人の問題だ。もしサンフランシスコに住んでる人が自分の収入の大半をサンフランシスコに住むために使いたいとしたら、それは結構なことだし、その人自身の選択だ。一方でもしサンマテオ(訳注: シリコンバレーの街。 YouTube の創業地)でリモートワークをしている(あるいはオフィスで働いている)人が、 リトル・ロック(訳注: アーカンソー州の人口 18 万人の街)に住んでいる同僚と全く同じ働きをしているとして、どうして一方は給料を優遇されてもう一方は減額されないといけないのだろうか? もしリトル・ロックの従業員には子どもがいて年老いた親の面倒も見ていたとしたら? 一方でサンマテオの従業員は独身で単身者だったとしたら? 必要な額を考慮するとき、こういった個人の家庭の事情は考慮されないはどうしてだろう? つまり、生活コストによる給与の調整は、従業員はこういう風にお金を使うべきという本質的に不適切な思い込みに基づいて行われている訳だ。生活費の高い大都市に住むことは価値のある選択で、そうでない選択は価値がないと言っているに等しい。

例えば GitLab はこんな風に公言している。

もしみんなが標準的な給料を受け取ったら、所得の高いエリアに住んでる人たちは所得の低いエリアに住んでいる人たちに比べて可処分所得が少なくなってしまう。

えーっと、はい。これがポイントだ。

住む場所の選択によって発生する生活コストの違いは不可避的に、誰かにとっては補助金的なものであり、誰かにとってはペナルティのようなものなのだ。多くの人が住みたがる、生活コストの高い大都市に住む人に対して企業が高い給料を払う義理はないのだ。どこに住むかというのは、これまでもこれからも消費選択の問題に過ぎない。その選択の問題が今日、よりくっきりと明らかになったのだ。

インターネット全体で労働力の供給と需要が行われる

生活コストを報酬の決定に加味する件に関してよく言われることの一つに、労働力の需要と供給の問題がある。すなわち、市場メカニズムが地域ごとに異なる給与額を規定するので、企業はその地方の基準に従って支払うしかないのだと。 GitLab のような、完全にリモートで従業員を採用している会社がよくとるアプローチだ。彼らは報酬調整の式を公開している

この方法の問題点は、 "労働力供給" の定義だ。オフィスへの出社を求める企業にとって、潜在的な労働力というのは会社の半径 20 マイルに住んでいる人々のことだ。しかしリモート企業では、 "インターネット全体" が潜在的な労働力だ。(もっと実務的な言い方をすると、裁判所の管轄権の及ぶ居住者全体だ。あとで詳しく述べる。)これらの観点から、フォート・ウェイン(訳注: インディアナ州の人口 25 万人の街)に住んでいる労働者にとって、彼女の住んでいる街には "競争相手" がいない(企業側からしても、労働者側からしても)。メンフィスやスポーケン、シュリーブポートあたりの人だってそうだ。企業が市場経済の仕組みによって給料を減額調整しようとするのは、本当のところ仕事ぶりとは無関係に懲罰的に給料を下げようとしているということと同じなのだ。ある従業員の地理的選好によって補助金を出すのは、組織としてビジネス的に意味のないひいきをしていると表明しているのと同じだ。

ある人はこのモデルを "底辺への競争" (訳注: 規制緩和でかえって経済全体が貧しくなること。底辺への競争 - Wikipedia)と見るだろう。僕は違う。機会の拡大だと捉えている。もしどこか別の場所により少ない給料で与えられた仕事を完璧にこなす人がいたとしたら、その人に仕事をしてもらうのが合理的だ。これは Menlo Park で働き一年で 50 万ドルを稼ぎ出す Facebook のエンジニアにとって驚異だろう。ほとんどのリモート企業が希少な才能を必要としていることを考えると、バンガー(訳注: メーン州の街)やリノ(訳注: ネバダ州の街)で仕事をしている人にとっては、幾ばくか値切られたとしてもリモートワークの報酬は充分によい、中の上レベルの給与になるだろう。

ではここで質問だ。このやり方はどこまで認められるだろう?

慎重な反論を紹介しよう。論理的に考えれば、世の中のテック系の仕事がすべてリモートワークへ移行すると、アメリカ中から条件のよい仕事はなくなってしまって、すべて外国に奪われてしまうだろう。結局のところ、ハイデラバード(訳注: インドの大都市)やキエフ(訳注: ウクライナの首都)、ラゴス(訳注: ナイジェリアの旧首都)に住んでる連中も充分に賢くて、アメリカのテック企業で必要とされる水準の働きをするだろう。文字通り 1990 年代にはソフトウェア産業でエンジニアリングの領域はオフショアの波に呑まれてしまうだろうと言われていた( 90 年代後半にはマジで大問題だと認識されていた)。しかしそうはならなかったどころか、アメリカ国内のエンジニアや頭脳労働者の求人は拡大する一方だ。恐らくこの傾向は続くだろう。主にアメリカで使われることを想定したプロダクトを作っている会社はアメリカ人の労働者を重要視する。リモートでの雇用は国境ほどには州境を気にしない。精々法規制や税金のことくらいだ。

(政策決定の観点からすると、アメリカのリーダーたちは、高給の仕事を大規模にオフショアすることを規制すべきだ。代替案のないグローバリゼーションがいかにアメリカの労働者階級の雇用を悪化させたかという興味深い議論がある。しかしこの議論は別の投稿で行うとしよう。いまは企業レベルの話をしている。)

報酬の話になると、多くのアメリカ人がバンガロール(訳注: インドの IT 産業の中心地)に住んでいる Puja やイズミル(訳注: トルコの大都市)に住んでいる Mustafa に、パロアルト(訳注: シリコンバレーの街。スタンフォード大学やヒューレット・パッカードがある)に住んでいるプロダクトデザイナーと同額の給料を払うのは不合理だと言うだろう。僕はこういうのは自己中心的だと思うし、 Puja や Mustafa も同意しないだろう。彼らが確実に同じ価値を会社に対して提供しているのなら、同じ額の給料を支払うのが正しいはずだ。もし Puja と Mustafa が王様や女王様のような暮らしをしたとしても気にする必要はない。それでいいじゃないか。ひどく安い給料でオフショアの人々を雇うのは、本人の意思で決めることができない生まれた場所に基づいて労働者にペナルティを与えているようなもので、自分の意思で住む場所を決めた人に対して給料の調整を行うのよりももっと正当化できない。

人件費が高くなりすぎやしないかって? さぁ、どうだろう。確かに人件費は高くなるだろう。しかし例えば GitLab は 5 億ドルも VC から調達している。従業員に公平に支払う余裕はあるはずだ。じゃあ Microsoft や IBM のような、何千人も雇っていて物価の安い国ではアメリカでの給料よりも低い給料で従業員を雇用している会社はどうだろう? 僕には答えがわからない。ただ、正しいことは常に正しい。人は国籍によらず平等に給料を支払われるべきだ。バンガロールで雇われてる人がアメリカ人よりも給料が少なかったとしても、バンガロールの標準的な給料に比べたらずっといいじゃないか、という現実主義的な反論があるのはわかってる。審判を下せる問いではない。でもこれって公平かな? いや、まったく公平じゃない。

Day one

企業が従業員に特定の場所に居住してもらう必要がある場合には、その土地に応じた給料を支払うことが正当化できる。でもそうでない場合には — 多くのソフトウェア開発の仕事が当てはまる — 労働市場ってのはかつてなく広がっていて深さもある。

この数ヶ月、もしくは数年でこの激震の勝者と敗者がはっきりするだろう。どういう結末になるかは誰にもわからない。しかし給料の良いテック企業で働くには西海岸か東海岸に住まなければならないという制約は崩壊し、我々の社会と産業は随分よくなるだろう。リモートワークは会社にとってもチームにとってもよい。従業員にとっても、その家族やコミュニティーとってもよい。みんながリモートワークを好きになれるわけじゃないが、オフィスで働くのだってそうだ。(リモートがよいかオフィスがよいかについて、これまで個人の好みが問題になったことはないはずだ)

リモートワークは津波のように我々の上にのしかかったわけではない。近い将来に関していうと、いくつかの企業はリモートワークを躊躇し続けるだろう。僕はコロナ禍がリモートワークを推し進めるだろうと楽観しているが、油断はできない。僕の考えは間違っているかもしれないが、大躍進ではなくとも小さな一歩を踏み出すことになるだろう。ところで確信していることもある。僕がシリコンバレーで長期の商業ビルの賃貸契約をすることは決してないだろう。


リモートワークをしていて、地方に住んでいるからという理由で給料を少なくされたらやっぱりいい気もちはしない。同じ仕事をしているのに、自分だけコンビニの 100 円コーヒーで我慢しないといけなくて、同僚はスターバックスのコーヒーを飲んでる、という状況を想像してみて欲しい(自分にはそういう経験がある)。会社の中で所得の格差がありすぎると、ただでさえリモートワークでは同僚と雑談する機会が少なくて打ち解けにくいのに、より一層個人個人の間に壁を作ってしまって会社やチームになじむことができないと思う。日本国内では居住地による所得格差はアメリカほどには大きくないかもしれないが、コロナウイルスの影響でリモートワークが普及するにつれ、同じような問題に直面するケースが出てくるかもしれない。そのとき、リモートワーカーは決して安い給料に甘んじてはいけないと思う。

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瑞梅寺川の桜
瑞梅寺川の桜

リモートワークが長くなってきた。正直どのくらい自宅で仕事しているか定かではない。ほとんど外出しないので時間の感覚がおかしくなってきている。職場がリモートワークを許可するようになってもしばらくは出社していたが、二週間ほどで自分の具合が悪くなり会社に行くのを控えるようになった。その後本格的に具合が悪くなって家庭内隔離状態になり、同時に会社もリモートワークを推奨から出社禁止という状態に変わった。約 3 年ぶりのリモートワークで色々思うことがあったので雑に書きます。

リモート会議

リモートのミーティングでは前職の頃から Zoom をよく使っていた。いまの職場でも Zoom を多用している。リモートミーティングの Tips みたいなのは最近どこかで流れてきたのを読んだ気がするけど自分も思うところがあるのでまとめておく。

まず第一にはミュートだ。話さない人はとにかくミュート。 Zoom は音が鳴っているマイクの音を拾って音声ストリームに載せる。そして音声ストリームでは主として話している(音を出している)人の音声が採用されて、その他の人の音声はカットされてしまうようだ。図にするとこんなイメージ。

オフラインの会話
オフラインの会話

Zoom の会話 1
Zoom の会話 1

Zoom の会話 2
Zoom の会話 2

Zoom の会話 3
Zoom の会話 3

イヤフォン・ヘッドフォンを使う

自宅だとイヤフォンを付けずにスピーカーから音を出しがちだ。 Zoom のミーティングにもイヤフォンを付けずに参加してしまうかもしれないが、ハウリングしてしまったりするのでなるべくイヤフォンを付けてパソコンのスピーカーからは音を出さずに参加したい。

またイヤフォンを付けずに参加するとパソコンのマイクを使うことになって、会話と会話の切れ目が聞き取りにくくなる。 Zoom はハウリングが起こらないよう、ストリームで流している音と同じ音がパソコンのスピーカーから出ていたらそれを拾わないようにしているはずで、パソコンのマイクで話し始めるときに切り替え処理が必要になり、会話の始まりのあたりが拾われなかったりする。マイク付きのイヤフォンを使うことでこの問題は回避できる。

ちなみに以前も書いているけど Apple の iPhone 用イヤフォンはよくできていると思う。 2800 円くらいなのにマイクの音が良好で、相手の声もよく聞こえる。 10 倍以上の値段がする AirPods Pro を使っている人の声より、 2800 円の iPhone 用イヤフォンを使っている人の声の方が聞き取りやすい。 Lightning 端子ではなく 3.5mm ジャックのやつじゃないとパソコンにつなげないので注意。

やっとるわ感

先週、 sudoken さん( Kaizen Platform の CEO )が三戸正和さんという人と対談してる YouTube Live を見た。ほとんど三戸さんという方の話で sudoken さんの話はあまり聞けなかったが、「リモートワークではプロセスでの評価ができないので、アウトプットを意識的に行い、自分の成果をアピールすることまでが仕事のうち」という話が面白かった。リモートワークでは結果による評価に移行せざるを得ないということだ。

エンジニア業を止めてからつくづく感じるのが、人はしつこいほど言わないとわかってくれないということだ。伝えたいことは社内ブログに書いていたらみんな読んでくれるわけではなく、目立つような場所に掲示したり、目立つ方法で喧伝したり、何度もしつこく見せたりしないとなかなか見聞きしてもらえない。リモートワークをやっていて自分はそこそこ頑張って仕事してるつもりでも、その成果をちょっと過剰なんじゃないのと思えるくらいにアピールしないと、組織や同僚からは仕事してる風には受け取ってもらえないだろうな、と思った。リモートワークではやっとるわ感を出すところまでが仕事の範疇に入ることになる。

増えた自由に使える時間を有効に

リモートワークに移行して、毎日通勤にかかっていた 2 時間を自由に使えるようになった。前職時代は朝仕事を始めるギリギリまで寝ていたけど、いまは 7 時くらいに起きて仕事を始める 9 時半くらいまでブログを書いたり散歩したり食器を洗ったりしてる。最近、ブログの記事が増えているのはそういうわけだったりする。

コロナウイルスのせいで恐らく世界大恐慌に陥るだろうと思う。 1 ヶ月も 2 ヶ月も世界中の人が外出しなかったら経済回らなくなる。この時期にゲームしたり Netflix 見たりするだけでなく、何かしら一つ生産的なことをして自分に投資しておかないと数ヶ月後に泣きを見ることになるだろうなと思う。いまはインターネットの会社はコロナウイルスの影響をあまり受けていないか、あるいは Zoom や Slack 、そのほか EC をやっているところは逆に業績好調かもしれない。ただ、世の中が全体的に不景気になると必ずその余波が及ぶわけで、そのときをどう迎えるかはソフトウェア企業に勤める人々にも重要なテーマとなるだろう。

| @労働

COVID-19.jpg
COVID-19.jpg

Basecamp の Jason Fried が Amazon で REMOTE がバカ売れし始めたので返金を始めたそう。なぜ返金するのかというと、本が売れているのは多くの人がリモートワークを恐れており、そのような恐怖・不安に REMOTE という本が役立つから、とのこと。

アメリカはリモートワーク先進国なのかなと思っていたけど、やっぱり昔ながらの方法で仕事してた会社もあったんだろう。アメリカでもコロナウイルスが猛威を振るいつつあるいま、そのような会社もリモートワークをやるようになり、リモートワークの心構えが書いてある本がバカ売れしてるということですね。おもしろい。

HashiCorp の Mitchell Hashimoto さんのリモートワークについてのツイートもおもしろかった。これまでのリモートワーク経験で得られたことが書かれている。

全従業員をリモートワークに、という動きは良い傾向だと思うが、たくさんの不安・疑念・不信を引き起こす。多くの人が「はいはいこんなもんね」という感じで仕事をするだろうが、リモートワークは一筋縄ではいかない。多くの人が仕事に使う机を会社のものから自宅の自分のものに置き換えただけのことではないな、ということに気がつくだろう。

リモートワークは一部の人にとってはうまく機能しない。みんながリモートワークに適応できるわけではなく、それは仕方がないことだ。これまで HashiCorp ではたくさんの人が「仕事は楽しい、同僚も好きだ、ただやっぱり自分は顔をつきあわせたコミュニケーションの方がいい」という理由で会社を去って行った。これは自然なことだ。

このほかにも Hashimoto さんが新しく従業員を雇ったときに説明するリモートワークについての心構えが書かれていてうなずきながら読んだ。一番最初のやつから結構ショッキングだが事実だと思う。

「君は友だちができない」。残酷だが事実だ。リモートワークをするなら、仕事以外でとても仲の良い友だちがいないとダメだ。なぜなら仕事では友だちができないから。リモートワークでも同僚とは仲良くなれる。でもリモートワークの同僚とは遊びに行ったり、子ども同士が同じ学校になる、ということはない。

そのほかのツイートもおもしろいので読んでみて下さい。

2020-03-14 追記

Jason Fried が元の Tweet を消してしまっている。およそ 400 件の返金請求が来たみたい。自動化できておらず破滅状態なので返金は終了するとのこと。

| @労働

ソフトウェアエンジニアからプロダクトマネージャーにジョブチェンジするにあたり、社内説明するために作った資料を公開します。プロダクトマネージャーという職種はプロダクトマネジメントについて書いてある本(シリコンバレーの PM が書いたもの)でも「定義は会社や組織によって異なる」とあるので、自分の会社でも役割を明確にしておく方がやりやすいだろうと思って作りました。プログラマー/エンジニアは How にフォーカスするけど、プロダクトマネージャーは What にフォーカスする職業だなぁと最近は思っています。

以下は HTML バージョン


プロダクトマネージャーの役割

ソフトウェアを継続的に企画・製造してユーザーのニーズを満たし、ビジネス上の成功を実現する

ビジネス上の成功とは何か?

Product/Market Fit

Product-Market-Fit.png
Product-Market-Fit.png

※図は Dan Olsen のスライドから引用

Product/Market Fit とは何か?

良い市場を見つけ、市場の要求を満たすプロダクトを作る

なぜ Product/Market Fit が重要か?

すでにある製品を買ってくれる相手を探すより、市場に存在する問題を解決する製品を作る方が簡単だから

なぜプロダクトマネージャーが必要か?

  • Market Driven な製品開発
    Market Driven でプロダクトを作っている会社の方が 31% 儲かりやすい
  • 組織のゴールが明確になり、プロダクトのリリースと収益化が迅速化される

(良い) プロダクトマネージャーは何をするのか

  • 何が作る価値があるものか、何がそうでないかを明らかにする
  • すでに市場(ユーザー)で価値の検証が済んでいるものだけを作る

エンジニア・デザイナーとどう違うのか

  • エンジニア・デザイナーは解決空間を担当
  • プロダクトマネージャーは問題空間を担当する

Product-Market Fit - 2.png
Product-Market Fit - 2.png

具体的な役割

Product-Execution.png
Product-Execution.png

  • ユーザーヒアリング
  • 解決すべき課題の定義
    すでに存在する問題だけではなく、ユーザー自身も気づいていない問題も定義する
  • 作るものの定義
    機能要件、スコープ
  • 成功の定義とメトリクスの計測

※図は Making It Right から引用

プロダクトマネージャーが扱うデータについて

  • データ分析チームとは異なり、ありのままの現実を調べる
    線形解析とか難しい統計とか機械学習などは担当しません

まとめ

Product-Market-Fit.png
Product-Market-Fit.png

  • Product/Market Fit がミッション( Objective )です
  • どうやったら Product/Market Fit したかを含め、成功そのものを定義します
  • 成功するプロダクトを作ることに注力します( Engineering からは身を引きます)

参考ページ

| @労働

今週、 YAMAP でブラウザーでコースタイム付きの地図を表示し、自由に印刷できる機能をリリースした。

地図表示・印刷機能

開発の経緯

ユーザー要望が開発の起点だった。

YAMAP には Google Maps のようにウェブブラウザー上で登山道や登山口情報などを見る機能はなく、無料でダウンロードできる画像形式の地図は提供していたが、以下の課題があった。

  • 磁北線・縮尺の欠如
  • 任意の範囲を切り取っての拡大印刷はユーザー任せ
  • 地図の更新(コースタイム、山頂データなど)には画像データの書き出しが必要(アプリ内で使う地図に比べて更新サイクルが遅れる)

切り取り拡大の課題を解決するためにサポートチームが画像編集ソフトの使い方を教えたり、サポートスタッフ自身が地図を編集・加工して渡すことがあり、非常に負荷が高かった。

Google Maps のようにブラウザーで地図を閲覧できて、任意の範囲を自由に印刷できれば問題が解決するのではないかという見通しがあった。

デモ版を作ってもらって得た気付き

API は既存のものを組み合わせて作れそうだったので、 F/E エンジニアにデモ版を作ってもらった。

デモを使ってみて、地図を印刷するための機能が、ウェブブラウザー上で山の情報を確認し、山行計画を練る際にも便利なものであることに気がついた。

ブラウザーで登山コースを確認できるサイトは他にもあるが、百名山などメジャーな山が中心で、低山や全国津々浦々の里山までカバーしているものはなかった。

YAMAP の強みはユーザーからのリクエストで地図データを更新していくところにある。紙の地図では最低でも一年待たないと更新されない情報が随時更新され、しかも他のウェブサイトや紙地図では登山者が少なすぎて地図化されないような低山の地図まである。今回の機能追加で、そのような豊富な地図がウェブブラウザー上で閲覧して印刷することもできるようになるのだった。

デリバリー

デモ版は数日で出来たが、実際にリリースするまでの道のりが長かった。

先行して磁北線関連の問い合わせてをしてきた一部のユーザーにベータ版として機能を提供して様子をうかがいつつ、エンジニア、デザイナー、カスタマーサポート、経営陣のあいだで利害を調整し、機能、デザイン、使い勝手に磨きをかけた。

エンジニアやデザイナーに、他の仕事を差し置いてなぜこの機能をいま作る必要があるのかをわかってもらうのはとても難しかった。またデモ版のラフなデザインが与える印象が非開発者にはクオリティの低いプロダクトに見えてしまい、調整が難航することもあり、デザインの大切さを実感した。

苦労してリリースにこぎつけたあと、リリースノートを書いて PR 担当に Twitter や Facebook での広報を依頼した。普段の機能リリースよりも少しだけ大きい反響を得られたようだった。

所感

3 ヶ月前にエンジニアからプロダクマネージャーに社内でジョブチェンジしたので、今回のリリースで自分は一切コードを書いていない。初めてプロダクトマネジメントのロールに徹したリリースだった。

エンジニアであれば気にすべきことは自分のことがほとんどで、調子が上がらないときは遅くまで残ってやるとか家に持ち帰ってやるとか色々帳尻を合わせる方法はあった(もちろんいいやり方ではない)。プロダクトマネージャーは自分でコードを書くのではなく、周囲の人の間でもろもろ調整したり働きかけたりが仕事になるので、マイペースでのんびりやってあとで帳尻を合わせるということができない。かといってコミュニケーションを取り過ぎてエンジニアやデザイナーの邪魔をしてもいけない。塩梅が難しい。

もともと自分自身で手を動かしてソフトウェアを作ることが仕事だったから、エディターを開いてもドキュメントしか書かず、何も作ることがない日々に不安はあった。何か機能をリリースしても自分が作ったわけではないという虚しさが訪れるのではというような心配もあった。しかしリリースノートを書き終えたときには、これまでエンジニアとして機能をリリースしてきたときとは別の達成感があった。

プロダクトマネジメントについて書いてある『 Making It Right 』という本に、「プロダクトマネージャーは八つ裂きの刑に処されているようなものだ」というフレーズがある。手足を紐で別々の馬に繋がれて、それぞれ異なる方向に引っ張られるという刑だ。ビジネスサイド、開発チーム、サポート、ユーザーといった様々な人たちの利害を調整し、なんとか落とし所を見つけて説得し、開発チームに納得してソフトウェアを作ってもらう必要がある。リリースする前までは「プロダクトマネージャーつらすぎるだろ…」と思うこともあったが、苦労した分、リリース後の達成感はひとしおだった。

まだまだプロダクトマネージャーとしては新米で至らないところが多々あるが、ユーザー、サポートチーム、開発チームに寄り添いながら、多くの登山者に喜ばれるソフトウェアを届けていきたい。加えて、プロダクトによって山登りのハードルを下げ、まだ山に登ったことはないけれど興味がある、という人達に対して山登りの楽しみを広めていけたらと思う。