| @技術/プログラミング

Archive ページにカテゴリごとの記事件数を表示する機能を追加した。

API でカテゴリごとの記事件数を返すのではなく、 JavaScript だけで entries.length を数えるようにしている。 React で関連コンポーネントが描画されたあとにいい感じに数える処理をトリガーする方法が分からず、描画完了後 1000msec 以内で 100msec ごとに記事数を数える処理を実行している。あまり賢い実装方法ではないと思うけど、一番記事数が多い 2006 年でも 600msec くらいで Ajax のレスポンスは返ってくるのでまぁ実用上問題はない。

こうして見ると、 2011 年から一切映画についてブログに書いてないことが分かる。さすがに年に一本も映画を見ないということはなくて、年に二、三本は絶対見ていると思う。以前は基本的に映画館で見た映画の感想を書くようにしていたので、映画館に行かなくなった(行けなくなった)せいで映画の記事を書かなくなったんだろうなぁと思う。

自分のブログに機能を追加することでここ数年の生活の傾向が分かるのが面白い。実は昨日、 Sunset Live の記事を書いたのも音楽について全然書いてないことに気づいたからなのであった。

| @読書

梅田望夫さんの言うウェブの世界は頭のいい人しか相手にしてない、ってところからスタートして、ネットの否定というか、Web 2.0とか梅田望夫的楽観論の否定が延々繰り返される。ネットが普及しすぎたおかげでネット人口に占めるバカの割合が増えてしまったとか。以下印象に残った点を列挙。

ネットでも「誰が言ったか」は重要

ネットでは「誰が言ったかではなく何を言ったかの方が重要」ってのが通説みたいになってるけど、これが否定される。ネットでブログが炎上するときは、書いてある内容がアレでもドラマや映画の子役だったら批判されないが、嫉妬されるような立場にある人だと過剰に批判されるというもの。ここではダルビッシュ夫妻が例としてあげられる。

僕も「何を言ったかよりも誰が言ったか」ってのはネットでも大事だと思う。例えばTwitterでもブログでも、それまでその人がそのアカウントなりサイトで積み重ねた信頼みたいのが発生する。無名の新規ユーザーがいきなり「梅田望夫は頭が気の毒」と言っても便所の落書きだけど、はてな村の大御所が同じことを言ったらかなり影響を及ぼすはず。とはいえ長期的に罵詈雑言とか根拠なしの暴言ばかり吐いてたら折角積み重ねた信頼は崩れ落ちるから、結局は「何を言ったか」が重要なことは変わりないんだけど。でもそれ言い出したらネットも日常生活も同じだよね。っていうかネットと現実を区別することもあまり意味がない。ネットも現実の一部だから。「ネットは匿名性が担保される」と信じてる人が短期的に暴れちゃうだろうけど、度が過ぎるとスマイリー菊池のブログを荒らした連中みたいにお縄を頂戴することになる。 Continue reading...