Ruby 関連のことを検索していて Shopify の中の人のブログにたどり着いた。なかなか面白いことが書いてあった。
この人は去年の 11 月に iPhone 4 を落として割ってしまったらしい。すぐに iPhone 5 を買おうとしたのだけど、思いとどまって一月ほど iPhone なしで過ごすことにしたそう。自分がどのくらい iPhone に依存してるのか知りたかったのだとか。そしたら意外と良かったらしい。以下超訳。
iPhone があった頃は常に Facebook、Twitter、Email、iMessage、携帯、HipChat、Skype や対面での会話と心が安まらなかった。プッシュ通知を切ったとしても空き時間にメールチェックしたり Twitter や Facebook を見てしまう。常にオンライン状態で、どこにいてもどこにもいないような感じがつらかった。iPhone がなくなったらコンピューターの前にいるとき以外は目の前の友達や同僚のことだけ気にしていればいい。スマートフォンは作業と作業の合間の、さっきまでやっていたことと次にやるべきことについてに省みるべき時間を、ぼーっとゲームをしたり Twitter を見るような用途に費やす手助けをしていることに気がついた。スマートフォンがなくなってからアングリーバードやったり、Facebook を見たりして無為に時間を過ごすことがなくなり、やるべきことに集中できるようになった。
スマートフォンをやめて Nokia レンガ(昔ながらの携帯)で過ごすにあたって、心配してたのが以下の三点だった。
カメラがない
旅行するときはいつも iPhone で写真をとっていたけど、カメラは人に借りれば良いかも知れない。ひょっとするとなくても事足りるのかも知れない。
音楽がない
歩くときは気分を紛らわせるために音楽を聞いていた。しかし本当に音楽を聞きたいときはパソコンの前に座れば良いことに気がついた。音楽なしで歩いてもしんどくないし、周囲の物事に心を巡らせる良い機会になった。
地図がない
iPhone の Map は多用していたけど、方向感覚に自信があったのでどこかに行くときに地図を見るのをやめてみた。そうすると出発前に入念に準備が必要になった。外国に行くときは紙の地図を使った。また本当に迷ったときは人に道を聞けば良いし、尋ね先の人に電話して道を尋ねれば良い。
3ヶ月ほどスマートフォンなしで過ごしてみて、期待していなかった以下のメリットに気がついた。
よく人に電話するようになった
iPhone の頃はメールを多用していてほとんど電話をかけていなかったけど、古い Nokia の携帯だとメールを打つのがつらくてしょっちゅう電話をかけるようになった。同世代の人に電話をかけるとびっくりされる(みんなメールしか使わないから)。携帯の根本機能と会話の楽しさを再発見した。電話した方が話が早く済みそうな場合や深い話の時はメールではなく電話しか使わないようにしている。
携帯の存在を気にしなくなった
鞄の中に適当に携帯を突っ込んで出かけるようになった。ポケットに何も入ってなくて気楽になった。眠る前に携帯がどこにあるか探さなくていいし、安い携帯だからキズが入らないように気を付ける必要もない。心配事が減るのはいいことだ。
上に挙げた懸念事項は正しかったが、それなしでもやっていける
確かに色々不便だがなくてもやっていけることに気がついたし、スマートフォンを持たないことによって得られるメリットがあることもわかった。
“携帯を二週間に一度しか充電しなくて良いのは気が楽” というあたりはなるほどなぁと思った。寝るとき、出かけるときに iPhone を探さなくて良いのも羨ましい。随分楽だと思う。
自分もスマートフォンを使うようになってから Twitter 中毒が重症化し、移動中に本を読むということがまったく出来なくなった。iPad ではなく Kindle がいいと思ったのもネットを見る機能が付いてなくて読書に集中できそうだから。しかし結局手元に iPhone があると Twitter を見てしまう。この人みたいに思い切って落として割ってしまうのが良いのかも知れない。