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DHH が Twitter で言及していた記事がおもしろかったので著者の許諾をもらった上で翻訳しました。

Salesforce の Product Manager 、 Blair Reeves さんの記事。


僕は自分のテクノロジー業界でのキャリアのすべての期間をリモートワーク擁護者として過ごしてきた。それは自分自身のリモートワークの経験から始まった(ありがとう IBM !)。以前も書いたことがあるが、リモートワークというものは破壊的なテクノロジーでその優位は揺るぎない。このことは自明なのでここでは労力を割かない。

今週、 Facebook が一部の従業員に対して好きなところに住んでリモートワークすることを認めた(訳注: Zuckerberg says employees moving out of Silicon Valley may face pay cuts )ことで、これまでたびたび論争になっていたリモートワーカーへの報酬についての議論が再燃した。この問題は究極的にはリモートワーカーにいかに "公平に" 支払うか、ということだ。このことが報酬についての議論を難しくしている。たくさんの会社がこの件に悪戦苦闘しているが、それはよこしまな理由からではない。

とはいえ、正しい議論と間違った議論があると思う。現実主義によって多少脚色されている。

現実的な観点では、テック部門の人件費をサンフランシスコやニューヨーク以外のレートに切り詰めるということだ。たとえば Facebook の Product Marketing Manager の初任給から 20% 削減された金額だとしても、ウィンストン・セーレムやジャクソンビル、リトル・ロック、ブルーミントン(訳注: すべてアメリカの地方都市)に住んでる人には魅力的に思えるだろう。多くの雇い主が給与額で競争するような状況が我々にとっては望ましい。機会が増えることは常に望ましい。だからどんどんやって欲しい。

上記を踏まえた上で主張するが、生活コストに応じた給与額の調整はとても不公平だしよくない習慣だと思う。同じ仕事をして同じ価値を発揮している人には同じ給料を支払うべきだ。

何が変わったか

最近までフルリモートで働くことは多くの人にとって選択肢になかった。もし X 社で働きたいと思ったなら、 X 社のオフィスがある大都市に引っ越す必要があった。それが取引だった。

しかしこれまで自分が働いてきたソフトウェア企業では、ほとんどの人の仕事はオンラインかつリモートでこなすことが可能だったし、実際にそうしていた。そう、すべてだ。プロダクトマネジメント、エンジニアリング、デザイン、オペレーション、マーケティングなどなど。リモートワークに懐疑的な人でさえ心の底ではこのことはわかっている。そしていま、(訳注: コロナウイルスの影響でリモートワークをするようになり)長い間信じられてきたリモートワークの優位性が実際に証明されてしまった。リモートワークで問題ないのだ。リモートワーク懐疑主義者達が間違っていたことが完全に証明された。

言い換えれば、従業員を大都市圏に住まわせることのビジネス面での合理性は崩壊したということだ。多くの人がニューヨークのような大都市に住みたいと思っているが、大都市に住むことは会社の成功にとって重要ではないし実際には無関係だ。ソースコードの善し悪しにどこで書かれたかは関係ない。ユーザーストーリーも、デザインモックアップも、販促資料もだ。テンペ(訳注: アリゾナ州の人口 16 万人の都市)でできることはメンロパーク(訳注: Facebook の本社があるシリコンバレーの都市)でもできる。

(ここはインターネットなのであら探しが好きな人もいるから捕捉しておくと、確かにある種の人たちは実際にビジネス上の理由で特定のエリアに住む必要があるだろう。具体的には顧客対応が必要な仕事、営業やカスタマーサクセスだ。これらの職種は希な例外としておく)

生活コストベースの報酬の理論的根拠が生活費が高い大都市に住む従業員への配慮なのだとしたら、もし雇用者が大都市の労働者を好まなくなったとしたらどうなるだろう? 違う言い方をしてみよう。「なぜ生活費が安い場所に住んでる連中が必要以上のお金を欲しがるんだ?」という問いをひっくり返すと「なぜ会社はサンフランシスコに住んでる連中が必要なんだっけ?」になる。

生活費が高い/安い場所で、労働者がゆとりのある生活を送るために必要な報酬はいくらだろう、というのはよく議論の的になる。ただ、こういう問いの立て方は問題に対する間違ったアプローチで、どのくらいの生活費がかかる場所に住むかというのは完全に個人の問題だ。もしサンフランシスコに住んでる人が自分の収入の大半をサンフランシスコに住むために使いたいとしたら、それは結構なことだし、その人自身の選択だ。一方でもしサンマテオ(訳注: シリコンバレーの街。 YouTube の創業地)でリモートワークをしている(あるいはオフィスで働いている)人が、 リトル・ロック(訳注: アーカンソー州の人口 18 万人の街)に住んでいる同僚と全く同じ働きをしているとして、どうして一方は給料を優遇されてもう一方は減額されないといけないのだろうか? もしリトル・ロックの従業員には子どもがいて年老いた親の面倒も見ていたとしたら? 一方でサンマテオの従業員は独身で単身者だったとしたら? 必要な額を考慮するとき、こういった個人の家庭の事情は考慮されないはどうしてだろう? つまり、生活コストによる給与の調整は、従業員はこういう風にお金を使うべきという本質的に不適切な思い込みに基づいて行われている訳だ。生活費の高い大都市に住むことは価値のある選択で、そうでない選択は価値がないと言っているに等しい。

例えば GitLab はこんな風に公言している。

もしみんなが標準的な給料を受け取ったら、所得の高いエリアに住んでる人たちは所得の低いエリアに住んでいる人たちに比べて可処分所得が少なくなってしまう。

えーっと、はい。これがポイントだ。

住む場所の選択によって発生する生活コストの違いは不可避的に、誰かにとっては補助金的なものであり、誰かにとってはペナルティのようなものなのだ。多くの人が住みたがる、生活コストの高い大都市に住む人に対して企業が高い給料を払う義理はないのだ。どこに住むかというのは、これまでもこれからも消費選択の問題に過ぎない。その選択の問題が今日、よりくっきりと明らかになったのだ。

インターネット全体で労働力の供給と需要が行われる

生活コストを報酬の決定に加味する件に関してよく言われることの一つに、労働力の需要と供給の問題がある。すなわち、市場メカニズムが地域ごとに異なる給与額を規定するので、企業はその地方の基準に従って支払うしかないのだと。 GitLab のような、完全にリモートで従業員を採用している会社がよくとるアプローチだ。彼らは報酬調整の式を公開している

この方法の問題点は、 "労働力供給" の定義だ。オフィスへの出社を求める企業にとって、潜在的な労働力というのは会社の半径 20 マイルに住んでいる人々のことだ。しかしリモート企業では、 "インターネット全体" が潜在的な労働力だ。(もっと実務的な言い方をすると、裁判所の管轄権の及ぶ居住者全体だ。あとで詳しく述べる。)これらの観点から、フォート・ウェイン(訳注: インディアナ州の人口 25 万人の街)に住んでいる労働者にとって、彼女の住んでいる街には "競争相手" がいない(企業側からしても、労働者側からしても)。メンフィスやスポーケン、シュリーブポートあたりの人だってそうだ。企業が市場経済の仕組みによって給料を減額調整しようとするのは、本当のところ仕事ぶりとは無関係に懲罰的に給料を下げようとしているということと同じなのだ。ある従業員の地理的選好によって補助金を出すのは、組織としてビジネス的に意味のないひいきをしていると表明しているのと同じだ。

ある人はこのモデルを "底辺への競争" (訳注: 規制緩和でかえって経済全体が貧しくなること。底辺への競争 - Wikipedia)と見るだろう。僕は違う。機会の拡大だと捉えている。もしどこか別の場所により少ない給料で与えられた仕事を完璧にこなす人がいたとしたら、その人に仕事をしてもらうのが合理的だ。これは Menlo Park で働き一年で 50 万ドルを稼ぎ出す Facebook のエンジニアにとって驚異だろう。ほとんどのリモート企業が希少な才能を必要としていることを考えると、バンガー(訳注: メーン州の街)やリノ(訳注: ネバダ州の街)で仕事をしている人にとっては、幾ばくか値切られたとしてもリモートワークの報酬は充分によい、中の上レベルの給与になるだろう。

ではここで質問だ。このやり方はどこまで認められるだろう?

慎重な反論を紹介しよう。論理的に考えれば、世の中のテック系の仕事がすべてリモートワークへ移行すると、アメリカ中から条件のよい仕事はなくなってしまって、すべて外国に奪われてしまうだろう。結局のところ、ハイデラバード(訳注: インドの大都市)やキエフ(訳注: ウクライナの首都)、ラゴス(訳注: ナイジェリアの旧首都)に住んでる連中も充分に賢くて、アメリカのテック企業で必要とされる水準の働きをするだろう。文字通り 1990 年代にはソフトウェア産業でエンジニアリングの領域はオフショアの波に呑まれてしまうだろうと言われていた( 90 年代後半にはマジで大問題だと認識されていた)。しかしそうはならなかったどころか、アメリカ国内のエンジニアや頭脳労働者の求人は拡大する一方だ。恐らくこの傾向は続くだろう。主にアメリカで使われることを想定したプロダクトを作っている会社はアメリカ人の労働者を重要視する。リモートでの雇用は国境ほどには州境を気にしない。精々法規制や税金のことくらいだ。

(政策決定の観点からすると、アメリカのリーダーたちは、高給の仕事を大規模にオフショアすることを規制すべきだ。代替案のないグローバリゼーションがいかにアメリカの労働者階級の雇用を悪化させたかという興味深い議論がある。しかしこの議論は別の投稿で行うとしよう。いまは企業レベルの話をしている。)

報酬の話になると、多くのアメリカ人がバンガロール(訳注: インドの IT 産業の中心地)に住んでいる Puja やイズミル(訳注: トルコの大都市)に住んでいる Mustafa に、パロアルト(訳注: シリコンバレーの街。スタンフォード大学やヒューレット・パッカードがある)に住んでいるプロダクトデザイナーと同額の給料を払うのは不合理だと言うだろう。僕はこういうのは自己中心的だと思うし、 Puja や Mustafa も同意しないだろう。彼らが確実に同じ価値を会社に対して提供しているのなら、同じ額の給料を支払うのが正しいはずだ。もし Puja と Mustafa が王様や女王様のような暮らしをしたとしても気にする必要はない。それでいいじゃないか。ひどく安い給料でオフショアの人々を雇うのは、本人の意思で決めることができない生まれた場所に基づいて労働者にペナルティを与えているようなもので、自分の意思で住む場所を決めた人に対して給料の調整を行うのよりももっと正当化できない。

人件費が高くなりすぎやしないかって? さぁ、どうだろう。確かに人件費は高くなるだろう。しかし例えば GitLab は 5 億ドルも VC から調達している。従業員に公平に支払う余裕はあるはずだ。じゃあ Microsoft や IBM のような、何千人も雇っていて物価の安い国ではアメリカでの給料よりも低い給料で従業員を雇用している会社はどうだろう? 僕には答えがわからない。ただ、正しいことは常に正しい。人は国籍によらず平等に給料を支払われるべきだ。バンガロールで雇われてる人がアメリカ人よりも給料が少なかったとしても、バンガロールの標準的な給料に比べたらずっといいじゃないか、という現実主義的な反論があるのはわかってる。審判を下せる問いではない。でもこれって公平かな? いや、まったく公平じゃない。

Day one

企業が従業員に特定の場所に居住してもらう必要がある場合には、その土地に応じた給料を支払うことが正当化できる。でもそうでない場合には — 多くのソフトウェア開発の仕事が当てはまる — 労働市場ってのはかつてなく広がっていて深さもある。

この数ヶ月、もしくは数年でこの激震の勝者と敗者がはっきりするだろう。どういう結末になるかは誰にもわからない。しかし給料の良いテック企業で働くには西海岸か東海岸に住まなければならないという制約は崩壊し、我々の社会と産業は随分よくなるだろう。リモートワークは会社にとってもチームにとってもよい。従業員にとっても、その家族やコミュニティーとってもよい。みんながリモートワークを好きになれるわけじゃないが、オフィスで働くのだってそうだ。(リモートがよいかオフィスがよいかについて、これまで個人の好みが問題になったことはないはずだ)

リモートワークは津波のように我々の上にのしかかったわけではない。近い将来に関していうと、いくつかの企業はリモートワークを躊躇し続けるだろう。僕はコロナ禍がリモートワークを推し進めるだろうと楽観しているが、油断はできない。僕の考えは間違っているかもしれないが、大躍進ではなくとも小さな一歩を踏み出すことになるだろう。ところで確信していることもある。僕がシリコンバレーで長期の商業ビルの賃貸契約をすることは決してないだろう。


リモートワークをしていて、地方に住んでいるからという理由で給料を少なくされたらやっぱりいい気もちはしない。同じ仕事をしているのに、自分だけコンビニの 100 円コーヒーで我慢しないといけなくて、同僚はスターバックスのコーヒーを飲んでる、という状況を想像してみて欲しい(自分にはそういう経験がある)。会社の中で所得の格差がありすぎると、ただでさえリモートワークでは同僚と雑談する機会が少なくて打ち解けにくいのに、より一層個人個人の間に壁を作ってしまって会社やチームになじむことができないと思う。日本国内では居住地による所得格差はアメリカほどには大きくないかもしれないが、コロナウイルスの影響でリモートワークが普及するにつれ、同じような問題に直面するケースが出てくるかもしれない。そのとき、リモートワーカーは決して安い給料に甘んじてはいけないと思う。

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瑞梅寺川の桜

リモートワークが長くなってきた。正直どのくらい自宅で仕事しているか定かではない。ほとんど外出しないので時間の感覚がおかしくなってきている。職場がリモートワークを許可するようになってもしばらくは出社していたが、二週間ほどで自分の具合が悪くなり会社に行くのを控えるようになった。その後本格的に具合が悪くなって家庭内隔離状態になり、同時に会社もリモートワークを推奨から出社禁止という状態に変わった。約 3 年ぶりのリモートワークで色々思うことがあったので雑に書きます。

リモート会議

リモートのミーティングでは前職の頃から Zoom をよく使っていた。いまの職場でも Zoom を多用している。リモートミーティングの Tips みたいなのは最近どこかで流れてきたのを読んだ気がするけど自分も思うところがあるのでまとめておく。

まず第一にはミュートだ。話さない人はとにかくミュート。 Zoom は音が鳴っているマイクの音を拾って音声ストリームに載せる。そして音声ストリームでは主として話している(音を出している)人の音声が採用されて、その他の人の音声はカットされてしまうようだ。図にするとこんなイメージ。

オフラインの会話

Zoom の会話 1

Zoom の会話 2

Zoom の会話 3

イヤフォン・ヘッドフォンを使う

自宅だとイヤフォンを付けずにスピーカーから音を出しがちだ。 Zoom のミーティングにもイヤフォンを付けずに参加してしまうかもしれないが、ハウリングしてしまったりするのでなるべくイヤフォンを付けてパソコンのスピーカーからは音を出さずに参加したい。

またイヤフォンを付けずに参加するとパソコンのマイクを使うことになって、会話と会話の切れ目が聞き取りにくくなる。 Zoom はハウリングが起こらないよう、ストリームで流している音と同じ音がパソコンのスピーカーから出ていたらそれを拾わないようにしているはずで、パソコンのマイクで話し始めるときに切り替え処理が必要になり、会話の始まりのあたりが拾われなかったりする。マイク付きのイヤフォンを使うことでこの問題は回避できる。

ちなみに以前も書いているけど Apple の iPhone 用イヤフォンはよくできていると思う。 2800 円くらいなのにマイクの音が良好で、相手の声もよく聞こえる。 10 倍以上の値段がする AirPods Pro を使っている人の声より、 2800 円の iPhone 用イヤフォンを使っている人の声の方が聞き取りやすい。 Lightning 端子ではなく 3.5mm ジャックのやつじゃないとパソコンにつなげないので注意。

やっとるわ感

先週、 sudoken さん( Kaizen Platform の CEO )が三戸正和さんという人と対談してる YouTube Live を見た。ほとんど三戸さんという方の話で sudoken さんの話はあまり聞けなかったが、「リモートワークではプロセスでの評価ができないので、アウトプットを意識的に行い、自分の成果をアピールすることまでが仕事のうち」という話が面白かった。リモートワークでは結果による評価に移行せざるを得ないということだ。

エンジニア業を止めてからつくづく感じるのが、人はしつこいほど言わないとわかってくれないということだ。伝えたいことは社内ブログに書いていたらみんな読んでくれるわけではなく、目立つような場所に掲示したり、目立つ方法で喧伝したり、何度もしつこく見せたりしないとなかなか見聞きしてもらえない。リモートワークをやっていて自分はそこそこ頑張って仕事してるつもりでも、その成果をちょっと過剰なんじゃないのと思えるくらいにアピールしないと、組織や同僚からは仕事してる風には受け取ってもらえないだろうな、と思った。リモートワークではやっとるわ感を出すところまでが仕事の範疇に入ることになる。

増えた自由に使える時間を有効に

リモートワークに移行して、毎日通勤にかかっていた 2 時間を自由に使えるようになった。前職時代は朝仕事を始めるギリギリまで寝ていたけど、いまは 7 時くらいに起きて仕事を始める 9 時半くらいまでブログを書いたり散歩したり食器を洗ったりしてる。最近、ブログの記事が増えているのはそういうわけだったりする。

コロナウイルスのせいで恐らく世界大恐慌に陥るだろうと思う。 1 ヶ月も 2 ヶ月も世界中の人が外出しなかったら経済回らなくなる。この時期にゲームしたり Netflix 見たりするだけでなく、何かしら一つ生産的なことをして自分に投資しておかないと数ヶ月後に泣きを見ることになるだろうなと思う。いまはインターネットの会社はコロナウイルスの影響をあまり受けていないか、あるいは Zoom や Slack 、そのほか EC をやっているところは逆に業績好調かもしれない。ただ、世の中が全体的に不景気になると必ずその余波が及ぶわけで、そのときをどう迎えるかはソフトウェア企業に勤める人々にも重要なテーマとなるだろう。

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Basecamp の Jason Fried が Amazon で REMOTE がバカ売れし始めたので返金を始めたそう。なぜ返金するのかというと、本が売れているのは多くの人がリモートワークを恐れており、そのような恐怖・不安に REMOTE という本が役立つから、とのこと。

アメリカはリモートワーク先進国なのかなと思っていたけど、やっぱり昔ながらの方法で仕事してた会社もあったんだろう。アメリカでもコロナウイルスが猛威を振るいつつあるいま、そのような会社もリモートワークをやるようになり、リモートワークの心構えが書いてある本がバカ売れしてるということですね。おもしろい。

HashiCorp の Mitchell Hashimoto さんのリモートワークについてのツイートもおもしろかった。これまでのリモートワーク経験で得られたことが書かれている。

全従業員をリモートワークに、という動きは良い傾向だと思うが、たくさんの不安・疑念・不信を引き起こす。多くの人が「はいはいこんなもんね」という感じで仕事をするだろうが、リモートワークは一筋縄ではいかない。多くの人が仕事に使う机を会社のものから自宅の自分のものに置き換えただけのことではないな、ということに気がつくだろう。

リモートワークは一部の人にとってはうまく機能しない。みんながリモートワークに適応できるわけではなく、それは仕方がないことだ。これまで HashiCorp ではたくさんの人が「仕事は楽しい、同僚も好きだ、ただやっぱり自分は顔をつきあわせたコミュニケーションの方がいい」という理由で会社を去って行った。これは自然なことだ。

このほかにも Hashimoto さんが新しく従業員を雇ったときに説明するリモートワークについての心構えが書かれていてうなずきながら読んだ。一番最初のやつから結構ショッキングだが事実だと思う。

「君は友だちができない」。残酷だが事実だ。リモートワークをするなら、仕事以外でとても仲の良い友だちがいないとダメだ。なぜなら仕事では友だちができないから。リモートワークでも同僚とは仲良くなれる。でもリモートワークの同僚とは遊びに行ったり、子ども同士が同じ学校になる、ということはない。

そのほかのツイートもおもしろいので読んでみて下さい。

2020-03-14 追記

Jason Fried が元の Tweet を消してしまっている。およそ 400 件の返金請求が来たみたい。自動化できておらず破滅状態なので返金は終了するとのこと。

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リモートワーク別に寂しくないし楽勝、みたいなコメント多いけど違和感あった。リモート楽勝という人はフリーランスとか受託の会社の人なのではないかと思う。自分のブックマークコメントは以下。

激しく同意。雑談したい、家族から家事を頼まれる、オフィスにいる連中から事業理解が低いと責められる、毎日服を着替える能力や通勤電車に乗る能力が失われる、などなど — http://b.hatena.ne.jp/morygonzalez/20180309#bookmark-359971190

「こいつはわかってない」問題

自分の場合は事業会社に所属した上でのリモートワークだった。事業会社(大抵のスタートアップもこれに含まれるはず)の場合はソフトウェアエンジニアにも事業やプロダクトへの理解が求められるので、リモートだとなかなか厳しい部分がある。事業理解は日々の MTG の他、オフィスで何気なく交わす雑談や昼飯の時なんかに醸成されるものだと思うので、リモートだと MTG での情報伝達密度が下がるし雑談や昼飯に至ってはそもそも不可能なので自分自身の事業理解も深まらない。仮にこちらに事業に対する理解があったとしても、それをオフィスにいる連中に伝えることが難しいので結局「こいつはわかってない」という烙印を押されることになる。リモートワークやってて同僚のエンジニアの皆さんとは友好関係を築けたと思うけど、 PM や上司とはなかなか良い関係になれなかった。

家庭内で仕事が軽んじられる

家族がいる人の場合は家族が「こいつ家にいてあんまり忙しくなさそうだから家事を頼もう」ということになりがち。自分の場合は子どもの幼稚園の送り迎え(バス乗り場まで)、幼稚園から帰ってきたあとの子守、洗濯物干し・取り込み、などを頼まれることが多かった。配偶者も仕事をしていて家事を分担する、ということなら当然やるけど、我が家の場合は嫁さんが習い事やヨガで忙しいので家事をやらなければならない、という感じで、自分の仕事は嫁さんの習い事よりも優先度が低いものなのだろうかと悶々とした。

社会適応能力の低下

毎日身支度をする能力、出かけていく能力も確実にむしばまれていく。転職してリモートワークからオフィスワークに切り替えて、朝の混んでる時間の電車に乗る通勤生活を再開してからの数ヶ月間は肉体的にも精神的にも非常につらかった。また家で仕事してると出歩かないので当然に運動不足になる。自分で意識してジョギングしたり体を動かしたりしないと確実に健康を損なう

自分がリモートワークに対して否定的な見解を持っているのは以上のような背景があるのであった。

良い面もある

もちろんリモートワークには良い面もある。

ワークライフバランス

子育てのための一時期や家族の看病が必要な時期には非常にありがたい制度だと思う。ワークライフバランスは非常に良好になる。

集中維持

コード書きに集中したいときにもリモートワークは便利だった。リリース前など、移動の時間も惜しんでコードを書きたいときには朝 10:00 から夜の 24:00 頃まで風呂とトイレと飯の時間以外はずっと仕事してたこともあった。それでも 10 時間は時間が空くので十分睡眠をとることはできる。これも前にブログで書いたような気がするが、いつでもオフィスに仕事しに行ける環境で、自分の裁量で週に数日リモートで仕事をするのが一番満足度の高い働き方になると思う。

地方都市に暮らしながらデラウェア法人で働ける

あとそもそも福岡では前職のような数十億円規模の資金を調達してがつんと成長しようとしているスタートアップの仕事にありつくことなんかは不可能なので、田舎に住んでいても都会のイケてる手法で仕事できてたのはリモートワークならではだったと言える(これも元記事に書いてある)。いまの職場でやってることは前職で身につけた1もの(スタートアップで働くエンジニアのディシプリン的なもの、あるいは技術顧問おじさんの素養)を土台にしているので、これは非常にありがたかった。

まとめ

ひとくちにリモートワークといってもいろいろな形態、状況があるので、↑の記事のブコメのように「リモートとか楽勝じゃね?」というコメントを読んでうかつにリモートワークを始めようとしている人がいたとしたらちょっと踏みとどまってもらいたいし、自分に向いているか、勤務先のビジネス領域・ビジネスモデルなども加味した上で決めてもらいたいと思う。

あとリモートワークだとコードレビューが甘くなりがちではないか、という問題もあるけどそれはまた別の話かもしれない。

References


  1. 当時は自分は全然成長してないと思ってた。こういうのを身につけたんだということはあとから気がついた 

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杖立の赤い吊り橋

転職してリモートワーク始めて 5 ヶ月たった。 Basecamp (旧 37 Signals )の本で読んで夢にまで見てたリモートワークだけど、始めてみると理想と現実は違った。

良かったところは?

リモートワークだと通勤時間がないとかがよくあげられる。しかし自分の場合は福岡に拠点がある東京の会社に雇われていてそこで一人で仕事してるので通勤時間ゼロにはなってない。家で仕事する日もあるけど大体毎日片道40分くらいかけて通勤してる。必要なミーティングさえ外さなければ病院行ったりとか子どもの面倒見たりとかできるのはよい。あと午前中家で仕事して、昼間の空いてる電車に乗って座って仕事しながら出社できるのも良い。ただ仕事に時間の区切りがなかったり家で仕事できるということは、気になる仕事を夜や休みの日に家でやってしまって、フルタイムの社畜に成り下がってしまうリスクを伴うので注意が必要。

さみしいのか?

さみしいとか思うことはほとんどない。所帯持ちなので家に帰ったら嫁さんと子どもいるから全く孤独ということではないし、適度に前職の同僚の人たちと昼飯食いに行ったり酒飲みに行ったりしてる。ただ人と話すのに金かかるようになったの結構痛い。人と会うときは常にどっかに飯食いに行ったり酒飲みに行ったりという感じなので、交際費的な名目で毎月 2 万円くらい飲食にお金使ってる気がする。小遣い実質ゼロ円なので毎月子どもの頃に貯めたお年玉貯金を切り崩してしのいでる。

つらいか?

つらいかと言われればつらい。仕様の確認とか。毎日顔をつきあわせて仕事してたら簡単なことがリモートワークだとかなり難しい。 Slack や zoom などのコミュニケーションツールはあっても、姿が見えないのでいつ話しかければ良いかが分からない。大海原に一人で放り出された感がある。リモートワークできる人は限られてくると思う。

これらの経験を通して、大事だなと思ったことをまとめてみます。

大事なこと(道具編)

道具がリモートワークの質を左右する部分がある。インターネットの回線とかマイクとかカメラの品質を侮ってはいけない。

1. 良いインターネット回線

インターネットの回線悪いと会議してるときに聞こえないことあっても、大人数対一人でやってるとなかなか聞き返しづらい。なので回線はできるだけ太くて安定したやつを使うのが良い。よく分からない Public な共有 WiFi とかはネットを見るのには良くてもミーティングとかには使えない。インターネット回線は独自のものを使い、 WiFi は IEEE 802.11ac が望ましい。 Apple の AirMac Extreme が 50 デバイスまで接続できておすすめです。

2. 良いマイク

Rebuild.fm の初期エピソードと最近のやつを聞き比べて欲しい。 miyagawa さんがマイクにこり始めてからのエピソードの方が圧倒的に聞きやすい。会社でイエティマイクを買ってもらって使ってて、高いからもちろん高性能なのだけど、意外と良いのが iPhone についてくる Apple 純正イヤフォンマイク。高級イヤフォンつけてる人よりも Apple 純正の安いイヤフォンマイク使ってる人の方が声聞き取りやすかったりする。

3. 良いカメラ

カメラ、安いやつ使うと画質ひどい。変なエフェクトかかって真面目な話してるのにふざけてると思われたりして損な感じ。実はこれも MacBook Pro についてる Apple の標準カメラがかなり画質良い。

4. 良いビデオ会議ツール

Zoom というサービスを会社では使っている。複数人通話も無料で使えて Skype よりも便利。画面の共有も簡単。ユーザーアカウント作る必要もない。ほかにエンジニア同士だと appear.in というブラウザだけで完結するサービスを使ったりもする。

良い道具を使うことで避けられる問題は金で解決するのが一番です。

大事なこと(心構え編)

リモートワークをこなす上での心構えと、どんな人に向いていないかについて書きます。

1. 顔つきあわせて話す機会必要

全然人間的な関係が構築できていない状態でいきなりリモートワークやれっていうのは無理がある。人間は対面で話していると表情や身振り手振りなどで相手が冗談を言っているのか怒っているのかわかるものだけど、ビデオ通話越しだとその辺のことがとてもわかりにくい。なのでこの人はこういうとき冗談を言う人だとか、この人はとても怒りやすいとか、そういうパーソナルな情報を対面のコミュニケーションで補完する必要がある。自分は入社して最初の一ヶ月間、東京で仕事してある程度会社の人たちと仲良くなって、そのあとも月一回は東京に行って一週間ほど東京で仕事してる。ようやく最近同僚感出てきた。

2. オフィスにいる人たちの理解

リモートワークをする本人の能力が高ければ当然のことのようにリモートワークできるというわけではない。オフィスにいる人たちの協力がないとリモートワークは成立しない。たとえば職場では、ミーティングにリモートの参加者がいるときにはオフィス内にいるメンバーも全員ビデオ電話越しに話して同じ状況でミーティングに参加し、オフィス内のメンバーだけで議論が進まないように配慮している。リモートで働く人、オフィスで働く人お互いが協力して初めてリモートワークは成立する。

3. コミュニケーション不全を受け入れる

ビデオ電話で会話できるとはいっても、対面で話してたらすんなり頭に入ってくることも、ビデオ電話越しだとなかなか理解出来ない。人間は表情とか身振り手振りでのコミュニケーションが割合に多いということがよく分かる。思ったこと、考えていることを 100% 伝えられないかもしれない、という前提のもとで仕事する必要ある。なので確認はしつこいほど行った方がよい。

まえリモートワークつらい、みたいなことを Twitter に書いてたら、フリーランスで受託開発してる人だったら、顧客企業の担当と十分にコミュニケーションできないとか当たり前だし、リモートワークなんて余裕だと思う、という反応があった。確かにそうかもしれない。人から指示が来るのを待っているだけだと全然仕事が進まない。分からないことがあったらこちらからがんがん聞きにいって、自ら積極的に行動しなければならない。言われたことだけをやるという感じだと普通の会社でも使えない人みたいな烙印押されるけど、リモートワークだとその傾向が顕著になる。自分はこれまでの人生完全な指示待ち人間だったので普通の人以上にリモートワークをつらく感じるのだと思う。

このように圧倒的な当事者意識や頻繁な声かけなど、人間力の高さがリモートワークには求められると感じる。一人で誰とも話さずに仕事するのに逆説的な感じするけど、人とコミュニケーションとるのがいやな人にはリモートワーク向いてないと思う。

ここまで書いたところであらためて Basecamp の『強いチームはオフィスを捨てる』を読み直してみたら、自分が書いてきたことと同じことが書いてあった。リモートワーク、最近はニュースでも取り上げられたりしてサイコーみたいな扱いが多いけど、やっぱりつらい部分もあって、彼らもそのことについて触れていた。詳しくは「リモート時代のマネジメント」の章を読んでください。

まとめると、リモートワーク、本人の適性のほかに、会社自体がリモートワークを受け入れる準備ができていることが重要だと思う。また人とのコミュニケーションが好きではない人には向いていないと思う。むしろコミュニケーション能力高い人じゃないとつとまらない。

休みの日にゼータガンダム見てて、ニュータイプだったらリモートワークをうまくこなせるだろうなって思ってしまった。物理的に離れていても感覚で相手のことが分かるあの感じ。「この感覚、アムロ・レイか」。逆にいうとリモートワークをこなしていくことでニュータイプ特性を開花できるかもしれない。結論としてはリモートワークしたい人はゼータガンダム見てください。君は刻の涙を見る。


この記事はリモートワーク Advent Calendar 2015 の 23 日目の記事だけど二日遅れで書いています。遅れてすみませんでした。