男はパン屋にやってきた。食パンを買うためだ。朝からご飯は食えない、そんな朝が男にはある。そんなときはカリカリに焼いたトーストに、早稲田大学が経営、もとい関係しているホテルの名前が付いたマーガリンとブルーベリージャムを塗って食べることを好む。
しかし男はいつも満足できる食パンにありつけているわけではなかった。味に文句はない。その辺のパン屋でも、充分においしいパンが手に入る。問題は厚みなのだ。
男は厚みのありすぎるパンを好まない。よその街で暮らしていたときに八枚切りパンの魅力にとりつかれた。薄切りのパンはトーストしたときにカリカリになり、マーガリンやジャムを塗るときのガリガリという感触が独特の鼓腹をもたらす。映画の中でフランス人が食べているトーストも薄い。トーストというものは本来的に薄くてしかるべきなのだ。男はそう信じている。
だが男がいま暮らす街では薄切りのパンを食べることは無理に等しかった。パン屋で食パンを買うときに八枚切りにしてもらうことは、この街の人間にとって大凡理解不能な行為なのだ。
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