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インターネット以前の世の中では、コンテンツ(新聞、書籍、テレビ、映画)は公開してしまえばほぼほぼ終わりだったけど、インターネット以後の世界では人々がコンテンツをどう評価・解釈しているのかがわかるようになってきた。むしろ評価・解釈の部分の方が重要性が高まっているように思う。

昔は難しいニュースの解釈や解説は親戚の博学なおじさんがしてたけど、いまはインターネットにいろんな人が解釈や解説を載せてる。みんなでコンテンツを見るのは面白い。ラピュタのバルスやサッカーのW杯しかり。映画も家で一人で見るより映画館で知らない人と一緒に見た方が楽しく感じる。

人間は見たものをどう評価・解釈するかを他の人と共有したい欲求がありそうだ。また、他の人がどう思っているかを知りたい、それを見てからコンテンツを消費するか決めたいというコンテンツ消費の二軍みたいな人たちもいる。コンテンツが無数に溢れているから、あまり面白くないコンテンツで時間を無駄にしたくないという心理が働くのだろう。

コンテンツを評価・解釈する人と、それを見てからどのコンテンツを消費するか決める人の間でプラットフォームを作れると面白いかもしれない。

| @WWW

今津元寇防塁

在宅勤務なので昼飯食べるときや休憩のときに嫁さんが見ているワイドショーを見る機会が増えてきた。そうすると結構ネタ元が Twitter になっていることに気がついた。有名人が Twitter で炎上しただの Twitter で〇〇が話題だの。

テレビはネタ元のほか、世論のリトマス試験紙的な感じで Twitter を利用しているようだ。例えばある政治家が失言をしたとして、その人を擁護すべきか攻撃すべきかのスタンスを Twitter の反応を見ながら決めている感じ。報道内容に影響を与えつつある。

Twitter はこれまで何度もキャズムを超えたと言われたけど、いまは完全にメインストリームになってしまった感がある。一部の特殊な報道番組ではなく、主婦向けのワイドショーが Twitter に言及しながら番組を構成している。すごい世の中になったものだ。

株の時価総額やユーザー規模では Google や Facebook の方が上だろうけど、 Google にはまともな SNS がないし Facebook は閉じられた世界なのでテレビが参照することができない。 Twitter は protected アカウント以外は開かれていて誰でも自由に投稿されているコンテンツを閲覧することができる。そのうち Twitter がメディアを支配する時代が訪れるのだろうか

| @読書

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おもしろかった。 Twitter 、 CEO がコロコロ交代してて誰が中心人物なのかよく分からなかったがだいたいわかった。成立の過程が結構複雑で、 Podcast 配信会社だった Odeo を Noah Glass が創業し、 Blogger で一発あてたあとの Evan Williams が出資して会社を乗っ取り、 Evan Williams に憧れて入ってきたアルバイトの Jack Dorcey が Noah Glass とブレインストーミングして Twitter の原型を生み出し、 Odeo を飛び出して Twitter という会社を創業し Jack Dorcey が最初の CEO になる、という感じ。 2007 年から 2008 年頃にかけて自分が面白おかしく使っていた Twitter の中では群像劇が繰り広げられていたことがわかり興味深かった。

特に興味深かった箇所は以下で、自分も 2008 年頃、実家に住んでて周りにインターネットのことを話せる友だちはほとんどいなかったけど、 Twitter 越しにインターネットユーザーと交流することができて孤独を癒やされていた気がする。

 このステータスは、その場にいない人々を結びつけるのに役立つ。どんな音楽を聴いているか、いまどこにいるかということを、共有するだけではない。人々を結びつけ、孤独感を癒すことが重要なのだ。パソコンの画面を見つめているときに、どんな世代でも味わう感情を、消し去ることができる。ノア、ジャック、ビズ、エブは、そういう感情を味わいながら成長し、パソコンのモニターに安らぎを求めた。結婚生活と会社がだめになりつつあるとき、ノアはその感情を毎夜味わっている。孤独感を。

 エブがブロガーに熱中した原動力も、そういう感情だった。アパートメントに独りでじっと座り、孤独で、友だちもなく、キーボードを通じて世界とつながっていた。何年も前にビズが母親の家の地下室でブログをはじめた理由もおなじだ。ジャックもおなじ理由から、セントルイスにいるころにライブジャーナルのアカウントを取り、掲示板をうろついて結びつきを求めている人々とやりとりするために、コーヒーショップで何時間も粘った。ステータスという構想は、そういったことすべての解毒剤になり、孤独感を癒せるかもしれない、とノアは考えた。

ニック・ビルトン. ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り (Japanese Edition) (Kindle Locations 1017-1026). Kindle Edition.

ただその後、 Evan Williams が CEO になって Twitter はステータス共有(投稿欄のプレースホルダーは "What are you doing?" )から情報発信メディア(投稿欄のプレースホルダーは "What's happening?" )への変革を図った。個人のステータスではなく、その人の周囲の状況を伝えて欲しいということだ。確かに 2010 年くらいから Twitter の様子が変わったように思う。東日本大震災のあとは日本の Twitter もニュース寄りになっていって、 2008 年頃のジャンプ放送局のような雰囲気はなくなってしまった。

Twitter はビジネスとしては成功したが、創業者たちはお互いの人間関係を悪化させ、大事な友人を失いながら莫大な富を手にした。最終章に出てくる、ビズ・ストーンが貧乏だった時代のエピソードがとても心温まる。この部分だけでも読んで良かったと思った。


Noah Glass 、 Twitter の最初期を支えた人物だと思うけど会社を追い出されて Twitter 社の歴史からもいなかったことにされ、ひたすら可哀想。おまけに Noah の Twitter アカウントは「不審なアカウントです」と表示されたりする。

| @WWW

ウェブはバカと暇人のものから 10 年も経っていないけどインターネットの世界は大きく変わった。NHK を含む大手マスコミが Twitter を賑わせた事象の解説をニュースで行うほど。低所得の暇人しかいないというのも違ってきてる。 Facebook や Instagram には裕福な生活を満喫していて金持ちアピールに余念がない人たちが掃いて捨てるほどいる。アフィリエイターはカスばっかりというのも嘘で、おそらく士業についてる高収入な人たち1がマイル乞食をしてハワイに行ったりビジネスクラスに乗って箸でスッチーのスカートをつまみ上げてパンティーを覗いたりしてる様子を公開してる。ネットは決してバカと暇人だけのものではなくなってしまった。ネットに社会的地位や経済力がある人たちが流れ込んできている。スマートフォンが登場し、誰でもいつでもネットに接続できるようになった。金持ちもネットの魔力に抗えなくなってきたのだろう。明石家さんまは相変わらずブログをやってなさそうだが2、 SMAP は解散しジャニーズ事務所を辞めた連中はブログを書いてるし Twitter も始めたし AbemaTV に出てる。中川淳一郎さんのウェブに対する当時の考察は当たっている部分もあったとは思うが、自分が当時の書評記事の最後で書いているように Twitter 、 Facebook 、 Instagram など3が日本で本格的に浸透して結果的には全く違う状況になってしまった。本当に面白い。


  1. 仕事をしていないせいで暇なのではなく確固たる社会的地位を築いた上で時間を自由に使える人々のこと。クレジットカードのポイントでマイルを貯めるためには年会費の高いカードを所持し、かなりの額の決済をカードで行わなければならない。 マイルを貯めたいと思ったら小学生に戻って人生やり直さないと無理なことに気がついた 

  2. 一応公式ブログはあるようだが宣伝記事が一つあるだけだった。 明石家さんまのブログ 

  3. 予想に反して Tumblr は大して流行らなかった。 David Karp は会社を辞めてしまった。 David Karp Is Leaving Tumblr. Read His Retirement Letter Here | Fortune