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ローストビーフうまい

つらいことがあるとスーパーで安い牛もも肉のブロック買ってきてローストビーフにして食べるようになった。二ヶ月に一回くらいやってる。

ローストビーフ始めたきっかけ

郊外に引っ越したら中心部にないような大きなスーパーあって、安く肉買えるようになった。家の近所のスーパー、安売王ルミエールという名前で、行くと前髪と襟足だけ長いジャンボ尾崎ヘアの子どもや、一家全員パジャマ姿で来店してるような人がいっぱいいて、調味料コーナーに誰かが買おうと思って一回かごに入れたけどやっぱり気が変わって置いていった生肉のパックが置いてあったりして、自己責任でご利用くださいという感じだけど肉はとにかく安い。つらいことがあるとここに来て 300g で 550 円くらいのオーストラリア産牛もも肉を買って帰ってローストビーフにする。

作り方

肉に関してはよい値段のする和牛で作ったこともあるけど、さしの入っている和牛だとこってりしていまいちな感じがした。特にレア気味に焼くローストビーフだと脂身が気になる。オーストラリア産の牛もも肉ブロックで十分だと思う。臭みガーとか言う富裕層は脂身たっぷりの和牛食べて高脂血症にでもなってください。

下ごしらえ

  1. 牛もも肉ブロックを買ってくる
  2. ニンニクをすり下ろして肉に塗り込む
  3. 塩も適度にふる
  4. ローリエも適当にちぎって貼り付ける
  5. サランサップでくるんで適度に放置。一時間くらい放っておくと味がなじみそう。

焼き方

オーブンは使わない。前、オーブン使ってみたことあるけどオーブンに入れても入れなくても味が変わらなかった。手軽なフライパンだけで焼く方法でやってる。古いテフロンのフライパンを使ってる。

  1. フライパンに油をひいてあたためる
  2. 強火で焼く
  3. 片面に色が付いたらひっくり返す
  4. ひっくり返すと同時に赤ワインかける
  5. ふたする
  6. ワインが蒸発したら肉の全ての面に焼き色が付くまでひっくり返しながら焼く。トングがあると便利。
  7. 表面全てに焼き色が付いたら火から外してアルミホイルでくるみ、15分くらい放置する。余熱で火が良い感じに通るのを待つ。
  8. 15分くらいたったらアルミホイルを外し、切り分ける。ホイルには肉汁が残っていると思うのでこれはソースを作るときに使う。

切ったとき「ちょっと焼きすぎたかな?」というような色合いが実はちょうど良くて、肉は切り分けたときはグレーっぽい感じでも空気に触れて時間がたつと綺麗なピンク色になってうまそうな感じになる。切ってすぐちょうど良さそうなピンク色のやつは時間がたつと真っ赤になってたたきみたいな感じになる。火から上げてアルミホイルでくるんでる時間の長さで調節する感じだけど、自分もうまい火の通り方になったのは一度しかないのでクックパッドとかで適当に調べてください。

食べ方

洋風のソースが正しいのかもしれないけど日本人なら醤油だと思う。醤油、我が家は日田の原次郎左衛門という醬油蔵の『あやめ』という刺身醤油を使っている。九州人好みの甘い味でとろっとしてて肉料理にも合う。なにより名前がしゃれてる。 Amazon で買える。

ソース

ホイルにくるんでたときに出た肉汁に赤ワインと醤油などを加えてソースを作ることができる。自分は何回か肉汁ソースにチャレンジしてみたけどあまりおいしいのできてない。

わさび醤油

火の通りが少し弱めの赤味が強い肉とかにはわさび醤油がよくあう。下手にソース作るよりもおいしく食べられると思う。

玉ねぎスライス

玉ねぎスライスを付け合わせにするとうまい。玉ねぎスライスを肉で巻いて醤油をかけて食べるのもうまい。

結論

ローストビーフ、肉を食ったという感じがして焼肉よりも肉への渇望を満たすことができると個人的には感じている。つらいことがあったらやるしかないと思う。今後もつらいことがある度にオーストラリア産の牛ももブロック肉を買ってきて焼いて食べたい。


この記事は肉 Advent Calendar 2015 17 日目の記事でした。

金力が乏しいので黒や赤のたまごかけご飯を食べることができず、せめてもの抵抗としてカレー TKG にした(前日、カレーアドベントカレンダーに登録していてカレー作ってた)。カレー TKG 、大してうまいともいえず失敗だった。 TKG はやはり醤油が王道だと思う。去年の TKG の写真の方が圧倒的にうまそうに見える。基本に立ち返ることの大切さを学ばせてくれた一杯でした。


この記事は TKG Advent Calendar 2015 15 日目の記事でした。明日は Hiroki Tani さんです。

カレー、大学生の頃によく作ってた。牛肉買う金ないのでたいてい豚挽肉で、金あるときは牛豚の合挽肉使ってた。友達からは結構評判良くて、自分はカレーを作るのがうまいと思ってこれまで生きてきた。ただ所詮は素人のカレーで、市販のカレールー使うし、こだわりのカレー屋を食べ歩く財力も暇も持ち合わせてないので、カレーマニアの人からしたらへそで茶が湧くわ、という程度のものでしかないと思う。なのでこれはレシピですらなく、ただの記録です。

まずはタマネギを切った。いつも薄く切る。

そんでフライパンで炒める。飴色を目指すけど完璧にやろうとするとだるいのでほどほどのところでやめる。香り付けにバターを少し入れる。

肉を炒める。いつもはオーストラリア産牛だけど今日は見栄を張った&三割引で少し安かったので国産牛を使う。そのままだとでかすぎてもったいないのでひとかたまりを三切れくらいに切り分ける。

ニンニクを適当に刻む。肉を焼く前にフライパンに投入する。

肉を焼く。赤ワインをちょっと垂らす。

肉に半分くらい火が通ったらキノコを入れた。今日はしめじだった。

テキトーに細かく切ったにんじんも入れる。ジャガイモをカレーに入れるのは嫌いなので入れない。

にんじんに火が通ったら深めの鍋に移して水を入れる。今日は 1.5 リットル入れた。

リンゴを 1/2 個、適当に細かく切って入れた。隣の人にもらった柿もあったので適当に細かく切って入れた。果物が入ると味が丸くなる。

最後にトマト缶を入れた。トマト缶はいつも入れる。トマトはうまみ成分を含んでいるのでトマト缶を入れるだけでドーピングしたみたいにカレーがうまくなる。トマト缶を買い忘れたときはウスターソースを入れる。

このままトマトスープとかにしても多分うまいと思う。テキトーに煮込む。

カレールーは何でも良いので2種類買って入れることにしてる。別のメーカーの甘口と中辛を買って入れた。

嫁さんが辛党なのでガラムマサラも小さじ 1 杯半くらい入れた。

できあがり。

煮込んでる間にサラダを作った。キャベツの千切り、サニーレタス、サラダほうれん草、にんじんを薄く細く切ったやつ、玉ねぎスライス、ミニトマト、ハム入り。

家で仕事してたので 19 時に切り上げて炊飯機をセットし、買い物に出かけて 20 時頃帰宅してから一心不乱にカレー作ってたけど、作り始めてから食べ終わるまでに 4 時間くらいかかってくたくたに疲れた。炭水化物しか食べない者は低年収、というニュースを見かけたけど、金も時間もなかったらたまごかけご飯とかで空腹を満たそうとしてしまうだろうし、炭水化物ばかり食べる人のことをあまり悪く言わないで欲しい。


この記事はカレー Advent Calendar 2015 14 日目の記事でした。 15 日は @senyoltw さんです。

これまでの人生で川らしい川の近くに住むのは初めてです。緊張しています。

子どもの頃はどぶ川近くに住んでて、どぶ川野郎だった。小学校に入ったばかりくらいの頃、どぶ川にふたがしてなくて転落したことある。川縁のコンクリートで脇の下を負傷してこわかった。

小学校二年くらいの頃、そろばんの習い事してて、毎週火・金とかで家の近くのそろばん塾に通わされていた。そろばん塾への道沿いにもどぶ川あった。ある日塾に通っているときに、どういうわけか叔母に作ってもらったパッチワークのそろばんケースごとそろばんを川に落としてしまった。どぶ川の水に浸かったそろばんとそろばんケースを持って塾に行くことは不可能であると判断し、塾に行かずに家に帰ってこたつに入ってテレビを見ていたら、仕事から帰宅した母が家にいないはずの自分の姿を見て怒り心頭に発し、サボりであると断罪されてびんたをくらった。子ども時代に何度か叩かれたことはあるのかもしれないけど、母親から叩かれた記憶、このときの一回しかない。そろばんケースがどぶ川に落ちて不可抗力でそろばんを休んだつもりだったのに、ずる休みであると断定されたことがとても理不尽に思えた。

家の近くの川の話。

家の近くの川、川とは言ってもあまりは水は流れておらず、土砂が堆積して中洲には雑木が生えてたりする。ダメ川感ある。

この川、住宅街から小学校への通学にちょうどよい位置に橋がなくて、川向こうに住んでいる子どもたちは小学校へ行くとき車通りの多い道を遠回りしなければならず、遠回りを嫌った子どもが川を飛び越えて通学することを試み、川に落ちてずぶ濡れになりながら登校したり、けがをしたりしていたそう。(今宿タイムズ 第20号より)

いまは立派な橋がかかってる。


川の近くに住んでいるのだから参加してもよいだろうと思い、川で遊んだりビールを飲んだりバーベキューをしたりしたことはないのですが、川 Advent Calendar 2015 に参加させていただきました。13 日目の記事でした。昨日は @Lorentzca さんの柳瀬川で鯉を釣る方法で、明日は @hitode909 さんです。

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この記事は地方在住ITエンジニア(元・地方在住も可) Advent Calendar 2015 - Adventar 6 日目の記事です。地方在住ウェブエンジニアの著者が思ったことを書きます。


自己紹介

熊本出身で大学生の頃は東京に住んでいました。いまは福岡市に住んでいて、東京のインターネット企業に雇ってもらってます。リモートで仕事してます。

福岡のことを書かない理由

最初は福岡での暮らしについて書こうかと思ったのですけど、福岡在住の著名 IT エンジニアはきしだなおきさんや新井俊一さんなど以前からたくさんいらっしゃって情報発信しておられますし、最近では前職でご一緒させていただいた、昼に寿司を食べた舌が乾かないうちに夜焼肉を食べたりしている金満エンジニアで、天気の話からでも HashiCorp プロダクトの話に結びつけるづらさんや、女性ファン急増中のプラチナ貴公子スーパー Go lang プログラマーモノクロメガネさんなど雨後の竹の子のようにいて情報発信しておられますし、また福岡について書いたら最終的に「福岡便利ですよ、移住してみませんか」みたいな結論になりがちですし、加えてほかの皆さんの記事を読む限り福岡は地方には含まれなさそうなので、福岡にやってくる前に住んでいた熊本県阿蘇地方での生活を綴りたいと思います。

キャリアの始まり

僕が最初ウェブ開発を生業にしたのは熊本県の過疎地域、阿蘇地方でした。元々学生時代にコンピューターサイエンスを学んでいたわけではありませんでしたし、プログラミングというより HTML マークアップと雑用担当としてウェブ開発業界に潜り込みました。

地方のつらみ

ギャラが少ないことと勉強会に参加できないことがつらかったです。

ギャラが安い

実家暮らしだったので何とか生活できていましたが、年収200万に満たなかったです。地方にもインターネット関係の仕事がないわけではないのですけど、まともな賃金が支払われる仕事がないと感じます。地方でのシステム開発は、自治体が都会の SI 会社に発注する数千万円から数億円規模の仕事か、商店のホームページのアクセスカンター設置みたいなやつしかなくて、後者に対する報酬はとても少ない。一年と少ししか働いていませんでしたが、このまま歳をとるとやばいな、という危機感はありました。

勉強会に参加できない

田舎にいると勉強会的なものに一切参加できないのもつらかったです。勉強会がしばしば開催されている福岡に引っ越してきて何度か勉強会に参加してみたけれど、勉強会は参加するだけでは無意味で発表する側にならないと得られるものが少ない、ということがわかって勉強会渇望症みたいのはなくなりました。いまにして思えば隣の芝生は青い状態なだけだったという感じがあると思います。勉強会とかなくても学ぼうと思えば学べるはずです。ただし勉強会で発表しまくって目立ちたいとかそういう人は都会に住んでないとダメでしょうね。

相談できる相手がいない

職場に質問・相談できる相手がいないのが心細かったです。常に一人で考えて試行錯誤を重ねる必要がありました。それはそれで良い経験にはなっていたと思うけど、知っている人がいてヒントを出してもらいながらステップアップしていく方が断然効率的だったと思います。もし『情熱プログラマー』でいわれるところの師匠なような存在がいたら、今頃もっとよいエンジニアなれていたのではないかと自らの怠慢を棚に上げ思います。

街の灯火が遠い

ほかの人の記事を読むと通勤時間が長いと書いてる人が多いですけど、当時の職場は家から車で 10 分のところにあったので通勤時間に関しては不満はなかったです。この辺はたまたまが職場が家から近くてラッキーだっただけだと思います。ただ仕事のあとに映画を見たいとか本を買いたいと思っても、田舎過ぎて仕事帰りに何かするというのが無理だった(そもそも仕事が終わるのも遅かった)のはつらかったです。

田舎にいて良かったこと

自然

当時の職場が森の中にあって、職場から阿蘇山の景色を望むことができました。また昼休みに職場の周りを散策すると、小川があったり農家に引かれて道を歩いてる牛とすれ違ったりして毎日がちょっとしたハイキングみたいでした。疲れたときに窓から阿蘇の山々を眺めると癒やされましたし、毎日昼に散歩すると頭がすっきりする感覚があってよかったです。キャリアのスタート段階だった、独身で時間を自由に使うことができた等様々要因はありますが、当時はよく学ぶことができていたなという感じがして、これら自然環境が少なからずよい影響を与えていると思います。

無双

ギャラが少ない一方で上司が非技術者なのでやりたい放題できるというメリットがありました。課題に対して自分の好きなとおりに解決策を考えて解答を出すことができました。以前、社内 SE は無双できると書かれている記事を読みましたが、まさにそんな感じです。信頼さえ得てしまえば無双できると思います。

結論

  • 莫大な遺産があって働かないでも食っていける
  • スタートアップで働いていたが上場してストックオプションで億単位の金融資産を得た
  • 独身、あるいは妻子に逃げられて養うべき家族がいない(慰謝料とか養育費も払わなくてよい)

等々で収入が多くなくてもかまわないなら、田舎で仕事するのも良いのではないか、と思います。特にキャリアのスタート期を終えて一定程度のスキルを身につけている状態で、働き口さえあれば、地方に引っ込んでもそれなりに楽しくやっていけるのではないでしょうか。ただし地方に引っ込んでも最新技術へのキャッチアップを怠らないことなど、意識を高く持つことは大事だと思います。

勤務先を地方に求めず、リモートで東京の仕事を請け負う、というやり方もありますが、東京の会社に雇用されて福岡でリモートワークしている僕個人の考えでは、リモートワークというのはやはりなかなか難しくて(リモートワークアドベントカレンダーで書こうと思います)、特に業務委託などでフリーランスの人が仕事を受けながら働くのは、受け手が相当の熟達者か、発注者と受け手が元同僚であるとかでないとディスコミュニケーションが発生してお互いつらい気がします。正規従業員として雇用されている僕も月一回程度東京に行って、顔をつきあわせて仕事しています。

役所が都市部のハイエナ SIer に発注するような仕事以外にも、地方在住のエンジニアがローカルビジネスのオーナーから請け負って価値を提供できるような場所はあるのではないかと思っています。以前田舎で働いていたときに、もう少し自分にスキルがあってお客さんにも意欲があれば、もっとウェブ技術を使って便利にできるのになぁと思うことがしばしばありました。ウェブサービス作ってユーザーめっちゃ増やしてドカーンだけがエンジニアリングの使いどころではないと思いますし、地方出身者が都市部に吸い寄せられていくだけでは先祖代々の墓は誰が守れば良いのか分かりません。何年先になるか分かりませんが、隙あらば地元に帰って何かしてみたいです。

跋文

最後に福岡で働くことについて一言書いておきますが、福岡はブラック企業が多い街という印象を受けます。街がコンパクトで皆歩いて帰れる範囲に住んでいるせいか、終電の概念が崩壊しており、平気で午前 2 時、 3 時まで働いている会社があります。なので福岡最高、福岡便利、福岡手榴弾!!、!などといった甘言に惑わされず、移住を検討する際にはまともな勤め先を確保した上で断行してください。僕は福岡で最初に働いた会社が本当にひどかったです。以上です。


この記事は地方在住ITエンジニア(元・地方在住も可) Advent Calendar 2015 - Adventar の 6 日目の記事でした(一日遅れて書いてます)。今日の担当は飲み会後、歩いて帰れる距離でも必ずタクシー帰宅をキメる @h_demon さんです。お楽しみに。

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床寝、体の節々が痛むけど目覚めたときの爽快感は布団で寝たときよりもある気がする。多分錯覚だけど。木の床、夏はひんやりして気持ちよく、特に床で寝るつもりなかったのに寝てしまっていることが度々ある。ただ、意図して床で寝ることもある。たとえば家人に文句を言われて寝室で寝られない状況になったときに床で寝ることになる。このときはつらいし体痛いし情けなさがこみ上げてきて非常につらい。自分の意思ではなく意識が途絶えて無意識のうちに床で寝てしまったときは爽快感があるのに、自分の意思で床に寝ようとすると体が痛くてなかなか寝付けず、明け方に目が覚めてしまったりして最悪。つまり床で寝られる精神状況と床で寝られない精神状況があって、前者は幸福、後者は不幸なのだと思う。自分が幸せか不幸せか分からない人には床で寝てみることをおすすめします。あなたはいま幸せですか?


この記事は床寝 Advent Calendar 2015 - Adventar 4 日目の記事でした。明日は @miyucco さんです。

2015 年、何も良いことなかった。父方のばあちゃん死んで、母方のじいちゃんも死んだ。身内に病人も出た。 2015 アドベントカレンダー、ネットで何が面白かったかとかそういうのを書かないといけないんだろうけど、おっさんになってくるにつれ、自分の現実的な生活が自分の人生に占める割合が大きくなってきて、ネットのできことを喜んだり笑ったりできなくなった。自分は大学受験浪人してる 1999 年からインターネット好きだったので、かれこれ 16 年くらいインターネット使ってることになる。大学生の頃も娯楽と言えばインターネットとレコード聞くことくらいしかなくてずっとインターネットしてたし、大学出たあとしばらく病気の治療してた頃もインターネットが生活の全てだった。退院して自宅で療養生活を送っていた無職の頃はその傾向に拍車がかかり、朝から晩までずーっとインターネット見てた。インターネット好きすぎて、公務員になれという親の忠言を無視してインターネットの仕事しようと思って、 2009 年からそれっぽい仕事始めた。 2010 年に実家を出て福岡のブラックウェブ制作会社に就職してから長時間労働過ぎてほとんどインターネット見られなくなって、インターネット大好き度が減った。この年が今にして思えばターニングポイントだったと思う。この福岡のブラックウェブ制作会社は、元々紙のデザインをしていた会社だからだとは思うけど、インターネットを金のために仕方なく関わるもの、くらいにしか考えてなかった。ソニーとかシャープとかでかい会社のホームページ作ってたけど、ホームページ作るので何億円という対価を得ても従業員には還元せずサービス残業に従事させ、利益は社長とその舎弟の副社長が独占してた。インターネット = 面白いもの、楽しいものから、インターネット = 搾取されるもの、きついもの、つらいもの、みたいな感じになっていった。 2011 年にウェブサービス企業に転職してまたインターネットを面白いと考えられるようにはなったけど、作ってる本人が面白いだけじゃサービス当たらないし、ウェブサービスを作るのは思いつきではダメで、真剣に世の中のことを考えてないとダメだとわかった。その他にも結婚したり、子どもが生まれたり、住宅ローンを組んだりすると、児童扶養手当の申請とか確定申告とか生命保険とか火災保険とか固定資産税とか自動車税とか親族の病気とかインターネット以外にも考えたり金を工面したりしないといけないことがわらわら出てきて、無限にインターネットばかり見続けるということができなくなった。人間は年を取るにつれ、あの面白かったインターネットから引き離されていくものなのかもしれないとも思う。ということで以上全部言い訳なんですけど、本当は 2015 年 12 月 3 日に書かないといけなかったアドベントカレンダー書く余裕がなくて 2015 年12 月 4 日になって書いてます。すみません。これでおしまいです。