地元の病院では最早為す術なしと言われたため、病院を替わりました。いまは京都にいます。11月に行ったダメもと手術後、新たに肝臓に転移が見つかっていたのですが、こちらで一回目の治療(再びTIN療法、ただし量が多い)を受けた後のCTでは腫瘍は縮小傾向にあるようです。肝臓に転移した後はこれまで陽性値を取ることのなかったAFPという腫瘍マーカーまで上昇していたのですが、こちらも下がってきています。ただ、hCGとそのベータサブユニットであるßhCGが依然として高値であり、全然楽観できない状況です。hCGは本来妊婦さんの体内で多く産生されるもので、おかげでいまは乳首が張っており、若干痛みます。触っちゃイヤよ ;-)
クール・ジャパンは本物か?
久々に更新。まだ死んでません。
ブルータスが“クール・ジャパン”についての特集をやっていたので買ってみました。村上春樹がなぜ外国で読まれるのかについても書いてあったでね。
まぁまぁ面白かったんですが、所詮“クール・ジャパン”は局地的で刹那的なものに過ぎないような気がしますね。ハローキティーが永続的に受けるとは思えない。中身がないですもんね。欧米では表層的に日本文化が受け入れられているような気がする。
しかし一方で、アジアでは“クール・ジャパン”は定着するかも知れないと思います。村上春樹の本の売り上げも、欧米での反響ばかりがメディアでは取り上げられがちだけど、ブルータスによると、売れても数千〜数万部が限度の欧米各国に対し、アジアでは数十万単位で村上春樹作品が読まれているのだとか。やはり文化的地理的距離が近いところの方が共感を呼びやすいのでしょうね。
また読まれている春樹作品もアジア諸国では『ノルウェイの森』がダントツであるのに対して、欧米では『ねじまき鳥クロニクル』以降の寓話路線。ブルータスの中では『ノルウェイの森』を恋愛系、『ねじまき鳥』を人生系という風に分けていたけど、その分類は正しくないのではないかな。前期作品はリアル系で、後期作品はファンタジー系と分けるのが正しい分類だと思う。日本ではセカチューが売れる前までは『ノルウェイの森』が書籍売り上げランキングのトップだったし、まぁ異論はあると思うけど、現在でも村上春樹といえば『ノルウェイの森』なわけで。この辺の感覚もアジア諸国は極めて日本と近く、それが同地域における一過性でない“クール・ジャパン“の定着を予想させるのです。
Continue reading...なんでそんなに朝青龍を叩くのか?
また内舘牧子センセイが朝青龍を叩いている。
内館牧子委員(脚本家)に至っては「けたぐりという言葉自体、品がない」と話し、果ては朝青龍が制限時間を迎えた時まわしをたたく所作に「横綱がみっともない」。
制限時間前の動作についてどう受け止めるかは受け止め手の価値観の問題ではないか。力士の勝負前の癖を取り上げて「みっともない」とケチをつける方がみっともない。「けたぐりという言葉自体、品がない」というのにいたっては、これは最早朝青龍個人の資質とは何も関係ない。けたぐりという名前をつけた昔の人が悪いんじゃないか。なぜそうまでして朝青龍の文句を言わなければならないのか。モンゴルに恨みでもあるのか。
Wikipediaに
横審における朝青龍への言いがかりじみた難癖はもはや横審名物と化しているが、これには北の湖理事長も失笑を禁じ得ないことが多々あるらしい。
とまで書かれている。なんでこんな変な人が横綱審議委員を続けられるのだろう。というか、いま調べてみたら横綱審議委員会というのはちょっと人選に問題があるのではないか。エビジョンイルこと前NHK会長の海老沢勝二氏と、会社の金を愛人のクラブにつぎ込んでいたことが発覚して失脚した前日経社長の鶴田卓彦氏が含まれている(横綱審議委員会 - Wikipedia)。こんな失脚した人たちや外国人排斥的な変人に昇進を云々される力士たちが可哀想だ。
再販売価格維持制度と教養の押しつけ
吉村哲彦さんのブログのコメント欄で、興味深いやり取りがなされていた(ぷーくまのハチミツと海外旅行が大好き: 本のディスカウントセール)。吉村さんがアメリカは本のディスカウントセールがあるので本が安く買えて良い、日本の再販制度は愚かだ
、と投稿している記事に対して、Takaさんという方が反論を述べている。以下、Taka氏の主張の要点を箇条書き。
- 再販制度のおかげで日本の本は安い。新書や文庫は定価がバーゲンセール状態。
- 再販制度のおかげで日本は本の種類が豊富。
- 再販制度がなくなれば、弱肉強食現象がおこり大手出版社の寡占的状況が生まれ、本の多様性が失われて読者利益を損ねる可能性が高い。
これに対して吉村さんがコメント欄で反論されているが、販売価格を維持せよという制度のおかげで本が安く売られているという主張は珍妙だ。
売れない本を普及価格で売る必要があるのか?
しかしかくいう僕も、学生の頃、出版社に入りたいなぁと漠然と思っていた頃は再販制度は必要かも知れないと思っていた。というのは例えば岩波文庫を考えると分かりやすいのだが、ハッキリ言って岩波文庫は面白くない。あれを自由価格販売してしまうと、恐らく二束三文にもならず、出版社は販売意欲を失うだろう。きっと岩波文庫はなくなる。そうなると、世界の古典や名著を読むために、学生は順番待ちをして図書館で借りて読むか、多大なる書籍代を積まなければならなくなる。500円、600円でギリシャ・ローマの古典から近現代の名著にまで触れることの出来るいまの状況は、売れる本で得られた利益を売れない本の販売活動に補填する再販制度のおかげだ、と思ったのだ。
Continue reading...対抗戦とリーグ戦
25日は関東学院 V.S. 法政戦がNHKで放送されていたのだが、不覚にも前もってチェックするのを忘れていた。試合終了間際の15:30頃に急いでテレビをつけたが、最後の両チームが得点を奪い合うクライマックスシーンを辛うじて目にすることができた。両チームの攻防はとても迫力があり、23日の早慶戦と比べ、コンタクトが特に激しいように思えた。早慶戦の慶応のタックルは、関東学院から勝利をもぎ取った法政のタックルに比べれば非常に甘かった。関東−法政戦の方が早慶戦よりも好ゲームであったといわざるを得ないだろう。そこである疑念が浮かんだ。対抗戦とリーグ戦でレベルに差が開きつつあるのではないだろうか?
大学ラグビーには伝統校が所属する対抗戦と、新興校が所属するリーグ戦がある。日本ラグビーのルーツ校たる慶応はもちろん対抗戦のAグループ(1部)に所属している。早稲田や明治や東大といった戦前からの伝統校も当然対抗戦所属だ。一方でリーグ戦は、ここ数十年で急速に力を増してきた関東学院など、新興校によって構成されている。リーグ戦1部の主な構成校は法政や東海大、大東大、流通経済大などだ。
下克上のリーグ戦、ぬるま湯対抗戦
あくまで個人的なイメージなのだが、リーグ戦と対抗戦ではリーグ戦の方がレベルが高いのではないかという気がする。というのはリーグ戦は新興校による集団なので、新しい勢力が次々と勃興するからだ。例えば今年リーグ戦1部7位の立正大は、去年入れ替え戦を戦い2部から昇格したチームだ。65年発足のチームで、早大OBの堀越監督が鍛え上げて1部昇格を実現した。関東学院だって、春口監督が弱小チームを30年かけて強豪校に育て上げたのだ。このように常連校でもなくても1部に昇格できるような、下克上的な雰囲気をリーグ戦からは感じる。
Continue reading...未履修問題 熊本だけ該当しなかった本当の理由
先日、熊本だけ未履修の問題が存在しないのは怪しいのではないか、という趣旨のことを書いたけど(あやしい ─ 未履修がないのは全国で熊本県だけだって)、これにはちゃんと理由があった。なんと熊本県では既に5月、未履修の問題が明るみに出ており、それで他県に比べ対応が早かったということのようだ。しかも未履修の問題はこれだけでなく、早くは92年から断続的に発覚してきたことらしい。とほほですね。
熊本県の教育委員会を批判したのは勇み足だった?
ここまでだと前の記事での熊本県教育委員会批判は勇み足のようだけど、昨日の『たかじんのそこまで言って委員会』を見る限り、教育委員会という組織にはやはり問題があると思う。教育委員会は表向きは中立性が確保されるよう、首長による任命制で選出されるらしいが、結局地元の名士五人(地元企業の社長、医師、弁護士、教員上がりなど)が適当に選出されるだけで、教育についての専門知識に欠けるらしいのだ。
しかも教育委員会は月に一、二度しか開かれず、主な運営は教育委員たちではなく事務局員たちによって行われている。事務局から上げられた案件に委員たちがお墨付きを与えるのが教育委員会の実情のようだ。しかしこの事務局というのがくせ者で、これは学校の先生たちが出向するようなかたちで運営されているから、先生たちの自己保身の主張がまかり通ってしまう可能性がある。それが教育現場での問題を分かりにくくしていることも充分考えられる。
やはり教育委員会制度というのは何らかの処置が必要なんだと思います。陳腐化している。
オペりました
全国から問い合わせのメールが届いてメールボックスがパンクしかけていたのですが、更新が途絶えていたのはオペを受けたからです。Operation、つまり手術ですな。そういうわけで死んだわけじゃないです。全国の森井ゴンザレスファンの皆さん(女性限定 8-) )、ご心配おかけしました :-P
今回の治療は標準療法からは外れます。いわゆるダメもと手術で、腫瘍マーカーが陰性化していない状態で転移病巣だけを摘出しても新病変が見つかることが確実なんですが、僕の場合腫瘍マーカーは上昇しているものの(一番高いときでβhCGは540にもなりました!)、画像上腫瘍の増大は見られず、CTやMRIなどで転移可能性のある箇所を調べても新しい病変が見つからなかったため、手術をして組織を取り出し病理検査に出してみることになったのです。僕はセミノーマという診断を受けているのですが、セミノーマであれば考えにくいマーカーの上がり方など不可解な部分が多いので、腫瘍組織が放射線治療や化学療法を行ううちに変化した可能性も考えられるのです。
さて、どう転ぶでしょうか。術後一日半後のマーカーは半減しましたが、厳重に経過を観察していかなければならないところです。
それにしても手術は辛かった。化学療法をやってたときは手術よりも抗がん剤の方がきついはず、なんて思ってましたが、手術は肉体的な苦痛が大きくて。傷口そのものの痛みよりも、寝て同じ姿勢を維持し続けたことによる身体の痛みなど・・・。ほんと病気はイヤですね。