| @雑談

 意外なことだが、ディーゼルはハイブリッドと並ぶ環境に優しいエンジンなのだそうだ(15日の日経朝刊)。ディーゼルは目に見える廃棄物と目に見えない廃棄物があって、これは二律背反でどちらかを少なくしたらもう一方が増えるのだそうだ。日本では目に見えない方の廃棄物が厳しい規制の対象となっていたため、ディーゼル車といえば汚らしい黒煙を吐き出し、上り坂をとろとろ走る悪い車というイメージが定着してしまった。しかしヨーロッパではディーゼルは燃費が良く、廃棄物も少ない環境に優しいエンジンだと認識されているのだそうだ。欧州の新車の二台に一台はディーゼル車なのだとか。そのくらいヨーロッパではディーゼルがフィーバーしているとのこと。日本に住んでいると、日本の自動車メーカーのハイブリッドエンジンだけが唯一無二のエコシステムのような気がしてくるが、ヨーロッパの自動車メーカーはディーゼルに力を入れ、かなり高度なディーゼル・エンジン技術を蓄えているらしい。ディーゼルエンジンのEクラスなんて想像できないけど、まさにところ変わればである。

| @雑談

 今日はこの秋一番の良い天気だった。青く高い空、澄んだ空気、心地よい日射し。こんな日はドライブに出かけたりしている場合ではない。日が昇ってボディーが熱くなる前に、昨日までの雨で汚れた車を洗うのだ。

 十時前に車を洗い終わり、ボンネットを開けてみる。そう言えばアースキットを買ったまま、まだ施工していなかった。天気も良いことだし、オッス、オラ悟空! いっちょやってみっかぁ、というノリでアーシングを施すことにした。用いたのはダイレックスという小ぶりのドンキホーテといった感じのディスカウントストアで買った980円の安物キット。なお、以下の2サイトを参考にさせていただいた。Continue reading...

| @雑談

 パンパー部分にぽっかり穴が空いていて配線むき出しになっているのがとても気になっていた。本来ならそこにフォグランプが付いてなければならないのだが、前オーナーが取っ払ってしまったようである。前にも書いたが、ひょっとしたらゴル男さんは事故ってお顔を取り替えているのかも知れない。フロントバンパーが年式の割に妙にきれいだからだ。だったらフロントグリルが取っ替えてあり、フォグランプが外してあるのも合点がいく。Continue reading...

| @雑談

 楽天によるTBS株買収のニュースが世間を騒がせている。この問題を扱う報道番組などでよく出てくる言葉が、「公共性」。大方のメディアが同業者のTBSを公共性といういかにも清廉な感じのする言葉で擁護している。曰く、「放送局は公共性を備えていなければならない、だから楽天のような企業が放送局を買収しようとするのは不届き千万」云々。

 放送局に公共性が必要なのは分かる。しかし「はぁ?」と言いたくなってしまうのは、既存メディアの自信。自分たちこそが公共性、民意の代表者であり、楽天のような成金企業には公共性はないという根拠のない主張。放送局は選挙で選ばれた人たちが集って出来ているわけではないし、ただの一民間企業に過ぎないのである。それなのに声高に世間の代弁者を気取るのは止めて欲しいと思う。既存メディアこそが、郵便局や農協をも上回る既得権にぶら下がる集団なのである。

 ぶら下がり運動はほどほどにしておかないと、腰を痛めますよ。

| @雑談

ドラクエII

 こんな暇人の駄文を心優しくも見て下さっている方には大変申し訳ないのですけど、最近更新が滞りがちです。なぜかって? 携帯電話を新調したからです。FOMAのN901iSに取り替えました。バカ弟が長電話で貯めたドコモポイントを使って5000円ちょっとで買えました。俺の携帯もついに第3世代。感慨深いものがあります。あんま電話かかってこないけど。

 携帯買い換えたからってどうして更新が滞るのか? 別に新しい機能を試したり、四六時中電話の説明書を携帯したりしているわけではありません。なんと、最近の携帯にはドラクエが付いてるんです。日夜ドラクエIIで遊んでいて、更新が滞っているというわけですな。ドラクエのやりすぎで今日なんか一日で二回携帯の充電が切れました。って、これじゃすぐバッテリーがへたりそうだ。前の携帯のバッテリーの保ちが悪くなったからってことで買い換えたのに。

 いま欲しいのがMacからFOMAをいじれるソフト。最近のこの手の携帯編集ソフトはすごくて、MacのiSync機能を使って、携帯とMacのアドレス帳やカレンダーを同期できるらしい。こんなことできるならPDAなんていらないですね。

| @雑談

赤ライン入りグリル まさに悔恨の日々。中古の、しかも外装部品を信じられない高額で落札してしまった。バカとしかいいようがない。入札前はそこまで出すつもりはさらさらなかったのだけど、競ってしまって、ついつい自分でもあきれてしまう価格で入札してしまった。冷静になって考えると、実は必要ではないものなのに。

 ひたすら自己嫌悪である。

| @雑談

 さっき日曜の日経を読んでいたら、書評で村上春樹の『東京奇譚集』が評されていた。評者の名前は失念したのだが、子どもが出てこない云々ということが語られており、父親になりきれない主人公が問題視されていた。

 村上作品に出てくる人々の家族構成は貧弱である。翻訳事務所の共同経営者だったり、司法試験受験生崩れだったり、電機メーカーの宣伝部員だったり、フリーライターだったりする主人公はだいたい独身で、結婚していても妻との二人暮らしで子どもはいない。80年代までの村上春樹はそういう都会に住む読者をターゲットにした都会的でクールな作風一辺倒だった。これが村上春樹が成功した要因の一つであったと思うのだが、90年代に入ってから、やたら現実社会を意識した作風に変わり始めた。それがつまらないということは以前の記事でも触れた。

 評者氏はそのことを主人公が父親になりきれない点に見いだしている。村上春樹は変わろうとしているのだが、変わり切れていない。かつて『神の子どもたちはみな踊る』内の「蜂蜜パイ」という作品で初めて、主人公は父親になろうとしたのだが、結局その後の『海辺のカフカ』では父親としての主人公は登場しなかった。やはり村上春樹にはシリアスな家族の物語は書けないのである。Continue reading...