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 日曜のお昼前に、切干大根を煮ているときに、UFJ銀行のリクルーターから電話がかかってきた。受話器を取ると、疲れ切ったリクルーターの声が聞こえてきた。

「こんにちは。こちらUFJ銀行です。当行といたしましては是非一度お会いしてお話ししたいので、今度の土曜日に研修所まで来てください」とUFJ銀行のリクルーターは僕の予定も聞かずに言った。

 僕はびっくりしてしばらく口がきけなかった。「お話しするって、具体的にどういうことをなさるのですか?」と僕はやっと尋ねてみた。

「やれやれ、あなたはメンタツを読んだことがないのですか?」とリクルーターは呆れたように早口で言った。僕に聞こえるように電話口の向こうでペンをこつこつと鳴らしさえした。

「メンタツのなかに都市銀行の採用はリクルーター方式だと書いてあるのを、ひょっとしてあなたはご存じないのですか?」

 残念ながらメンタツは一度も読んだことがない。僕は理工系の大学の三年生で就職するつもりはなく、大学院に進学しようと思っている。まわりにもメンタツを読んだことのある人間なんて一人もいないと思う。僕が正直にそう言うと、UFJ銀行のリクルーターは腹立たしげに「ふん」と小さく鼻を鳴らした。メンタツを読んだことがない人間とこれ以上話をしても仕方ないというように。でも電話を切ろうとはしない。

「あの、ところでいったいどうして僕の電話番号をご存じなのでしょうか?」と僕はおそるおそる質問してみた。ひょっとしたら個人情報が流出しているのかもしれない。そうじゃないといいなと僕は思った。僕は勧誘電話の類が大嫌いだからだ。

「そういうものは就職課から送られてくるのです」とUFJ銀行のリクルーターは妙にきっぱりとした口調で言った。「オープン採用を装いつつも、都市銀行は名門校の学生に対してのみリクルーター採用を行っているのです。優秀な学生を確保しておかないと私自身が出世できないので、こちらも必死なのです」

 僕は心からUFJ銀行のリクルーターに同情した。「大変ですね。でもだからといってあまりがっかりしないでください。僕以外の学生は就職を考えているかもしれないのですから」

 そうですね、とリクルーターは答えた。「ところであなたは、ミツビシとミズホのリクルーターが動いているかどうかご存じですか?」と少しでも有益な情報を得ようと僕に尋ねた。

 知らないと僕は言った。だってそんなこと知っているはずがない。僕はシステムデザイン工学の研究で毎日朝から晩まで忙しいのだ。

「嘘だ、あなたは本当は就職活動をしていてミツビシに内定しているんだ!」とUFJ銀行のリクルーターは叫んだ。そしてがちゃんと電話を切った。何がなんだかわけがわからなかったけれど、それ以上ものごとは進展しそうになかったので、僕はお昼に温かいご飯と切干大根を食べた。

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 僕がJR東海に勤める渡辺昇という男にOB訪問を依頼したのは2月の中ごろのことだった。資料請求したら、送られてきた封筒のなかに同じ大学の卒業生の連絡先が同封されていたからだ。これってOB訪問をしろということに違いない。

 春の冷たい雨が降るある日の夕方、僕は待ち合わせ場所の東京駅八重洲北口にいた。約束の時間の五分前に渡辺昇はやってきた。一度懇談会に参加したので僕は彼の顔を知っていた。聡明ではあるが特徴のない顔をした男だ。

「やぁ」と渡辺昇は言った。

「こんにちは」と僕は挨拶した。

 渡辺昇は僕を東京駅構内にある居酒屋に連れて行った。OB訪問で酒を振舞われたのは初めてのことだったので、僕はひどく混乱した。おかげでいくらビールを飲んでもちっとも酔いが回らなかったし、とても奇妙な気分になった。それでも僕はちゃんと用意してきた質問をした。僕は機転がきくたちなのだ。

「お仕事は面白いですか」と僕は訊いた。

「仕事? 悪くないね」と彼は答えた。

「どういう仕事をされてるんですか?」

「新幹線を使う旅行商品を作ってるんだ。この前なんか東京駅から京都まで日帰りする商品を作った」

「うーむ」

「君は何がなにがやりたいの?」と渡辺昇は僕が何か感想を述べようとしたのをさえぎって訊いた。やれやれ、せっかちな男だ。

「僕は国鉄を舞台にした映画を撮りたいんです」

「ほう」

「ストーリーはこうです」と僕は言った。「ある晴れた日曜日の朝に僕が原宿の竹下通りを歩いていると、向こうから僕にとって100%の女の子がやってくるんです。我々はマリオンクレープの前で運命的な出会いを果たす。注意すべきは、100%と言ってもあくまで僕にとって100%ということです。だから別に美人じゃなくてもいい」

「ひとつ質問してもいいかな?」と渡辺昇は言った。

「どうぞどうそ」

「その映画は原宿駅が舞台なのかい?」

「そういうことになりますね」と僕は答えた。

「ふーむ」とため息をついてから渡辺昇はビールを飲み干した。「君は勘違いをしているな」

 僕は渡辺昇が言っていることが理解できなかった。僕が一体何を勘違いしてるっていうんだ? ここに来る前にちゃんとメンタツを読んだし、自己分析だってやってきた。採用ホームページに目を通すことも怠らなかった。僕が非難されるいわれはひとつとしてないはずだった。

「君はOB訪問する相手を間違ったんだよ。蜂にミツバチやスズメバチがあるように、JRにも種類があるんだ。JR東海とか、JR東日本とかね。原宿駅はJR東日本の管轄であってうちの管轄ではない」

 それだけ言ってしまうと渡辺昇は伝票を持って席を立った。やれやれ、この男は僕がJR東海とJR東日本を混同したことに対して腹をたてているのだ。

 僕は会計を済ませる彼の姿を眺めながら竹下通りですれ違うはずだった彼女のことを考えた。

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 中央三井信託銀行というところから——どうしてさっさと住友信託銀行と合併しないのだろう?——就職活動の状況について語りあいたいのだけれど個別説明会に来てもらえまいか、という電話がかかってきた。いいですよ、と僕は答えた。僕も就職活動についてはいろいろ悩んでいたし、ちょうどこちらからどこかの銀行の行員にOB訪問でもしようと思っていたところだった。

 中央三井信託銀行・個別説明会は郊外の研修所で行われていた。説明会とは名ばかりで、ブースに座らされて出身大学OBと一対一の面接を受けさせられた。

「結局、君の自己PRって良くも悪くもドーナツ的なんだよね。中身がない」

 そうだな、僕の自己PRはたぶんドーナツ的で中身がないのだろう。でも今はもう五月の頭で、もうすぐゴールデンウィークに入ろうとしているのだ。今頃自己分析が甘いと言われても困る。

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 他社内定状況を聞かれたあとでは、もうUFJ銀行のキープ君扱いから身を守る手だては何ひとつ残されてはいなかった。

 リクナビか日経就職ナビで新たな企業にエントリーしてみることもためしてはみたのだが、思った通り一日中リクルーターに拘束されて企業からの返信をチェックすることは出来なかったし、携帯電話を取り上げられていて非通知設定の電話をとることも出来なかった。

 考えてみればあの狡猾なUFJがそんなことをやすやすと許すわけがない。奴はこれまで高学歴の学生に内定を振りまいた後でかなり多くの内定辞退者を出し、散々苦汁をなめさせられてきたのだ。今頃きっと、支店の応接室でにんまりとほくそ笑みながら新たに高学歴な学生がエントリーするのを待っているに違いない。

「私たちもうおしまいなのね」と彼女が言った。「四月が終わればUFJは内定を出さずに去っていくのよ」

「希望を捨てちゃいけない」と私は言った。「知恵をしぼればUFJなんかに絶対に負けるものか」

「でも携帯電話は取り上げられているわ」

「原理的思考をするようにつとめるんだ。UFJが他社内定状況を気にするのなら、内定先をねつ造してしまえばいいんだ」

「たとえば?」

「みずほ」と私は言った。

「どうしてみずほなの?」と彼女は訊ねた。

「わからない、今ふと頭に浮かんだだけなんだ。勘のようなものさ」

 私は勘の導くままにエントリーシートの他社内定状況欄に「みずほ銀行」と書いて送り、UFJからの電話を待った。高学歴の私がエントリーシートを出せばUFJは必ず電話をかけてくるはずだ。そのときにすべて決着はつく。嘘を見破られるか、内定を言い渡されるかだ。

 真夜中の少し前に電話が鳴った。こんな時間に電話をかけてくるのはUFJしかいない。受話器をとるや否や私が「みずほさんから内定を頂きました」と言うと、リクルーターは激しく動揺し、「キ、キミぃ、いまから寿司食いに行こう」と言った。そう、私は勝ったのだ。

 その夜、銀座の寿司屋に呼び出されて私はUFJ銀行の人事部長から内々定を言い渡された。私は嘘をつくのが嫌いな方だが、幸いなことにUFJに対して嘘をついても一切良心の呵責はなかった。

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果てしない喪失と再生の物語

「激しくて、物静かで、哀しい、100%の求職小説」

  1. UFJ銀行との闘い
  2. ドーナツ、あるいは中央三井信託銀行
  3. 懐かしき日本国有鉄道
  4. 金融派生商品と彼女
  5. UFJ銀行ふたたび
  6. ナカタニアキヒロ

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Google に買われた Sparrow という Mac 用のメールソフトを気に入って使っていたけど、 Google に買収されてからほとんど更新されなくなった。 Sparrow は一部のメールクライアントから送られてくる iso-2022-jp のメールを正しく表示できないことがあるので、しょうがなく Airmail というソフト買って使ってた。

Airmail 、デザインとかはいいけど全般的にバグが多くてひどい。送信してないメールが送信済みメールに表示されたり、表示・非表示の切替チェックボックスがまるっきり逆の動作をしたりする。テストされてないのだと思う。こういうソフトウェアを販売してはいけないと思う。

自分が開発する側だと小さなバグなんかを指摘されても「こんなのは致命的ではないのに」とか思ってしまったりするのだけど、自分がユーザーだと、小さなバグの積み重なりがすごくイライラすることがわかった。たとえ小さなバグでも、バグはない方がよい。

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Ruby 関連のことを検索していて Shopify の中の人のブログにたどり着いた。なかなか面白いことが書いてあった。

この人は去年の 11 月に iPhone 4 を落として割ってしまったらしい。すぐに iPhone 5 を買おうとしたのだけど、思いとどまって一月ほど iPhone なしで過ごすことにしたそう。自分がどのくらい iPhone に依存してるのか知りたかったのだとか。そしたら意外と良かったらしい。以下超訳。

iPhone があった頃は常に Facebook、Twitter、Email、iMessage、携帯、HipChat、Skype や対面での会話と心が安まらなかった。プッシュ通知を切ったとしても空き時間にメールチェックしたり Twitter や Facebook を見てしまう。常にオンライン状態で、どこにいてもどこにもいないような感じがつらかった。iPhone がなくなったらコンピューターの前にいるとき以外は目の前の友達や同僚のことだけ気にしていればいい。スマートフォンは作業と作業の合間の、さっきまでやっていたことと次にやるべきことについてに省みるべき時間を、ぼーっとゲームをしたり Twitter を見るような用途に費やす手助けをしていることに気がついた。スマートフォンがなくなってからアングリーバードやったり、Facebook を見たりして無為に時間を過ごすことがなくなり、やるべきことに集中できるようになった。

スマートフォンをやめて Nokia レンガ(昔ながらの携帯)で過ごすにあたって、心配してたのが以下の三点だった。

カメラがない

旅行するときはいつも iPhone で写真をとっていたけど、カメラは人に借りれば良いかも知れない。ひょっとするとなくても事足りるのかも知れない。

音楽がない

歩くときは気分を紛らわせるために音楽を聞いていた。しかし本当に音楽を聞きたいときはパソコンの前に座れば良いことに気がついた。音楽なしで歩いてもしんどくないし、周囲の物事に心を巡らせる良い機会になった。

地図がない

iPhone の Map は多用していたけど、方向感覚に自信があったのでどこかに行くときに地図を見るのをやめてみた。そうすると出発前に入念に準備が必要になった。外国に行くときは紙の地図を使った。また本当に迷ったときは人に道を聞けば良いし、尋ね先の人に電話して道を尋ねれば良い。

3ヶ月ほどスマートフォンなしで過ごしてみて、期待していなかった以下のメリットに気がついた。

よく人に電話するようになった

iPhone の頃はメールを多用していてほとんど電話をかけていなかったけど、古い Nokia の携帯だとメールを打つのがつらくてしょっちゅう電話をかけるようになった。同世代の人に電話をかけるとびっくりされる(みんなメールしか使わないから)。携帯の根本機能と会話の楽しさを再発見した。電話した方が話が早く済みそうな場合や深い話の時はメールではなく電話しか使わないようにしている。

携帯の存在を気にしなくなった

鞄の中に適当に携帯を突っ込んで出かけるようになった。ポケットに何も入ってなくて気楽になった。眠る前に携帯がどこにあるか探さなくていいし、安い携帯だからキズが入らないように気を付ける必要もない。心配事が減るのはいいことだ。

上に挙げた懸念事項は正しかったが、それなしでもやっていける

確かに色々不便だがなくてもやっていけることに気がついたし、スマートフォンを持たないことによって得られるメリットがあることもわかった。

“携帯を二週間に一度しか充電しなくて良いのは気が楽” というあたりはなるほどなぁと思った。寝るとき、出かけるときに iPhone を探さなくて良いのも羨ましい。随分楽だと思う。

自分もスマートフォンを使うようになってから Twitter 中毒が重症化し、移動中に本を読むということがまったく出来なくなった。iPad ではなく Kindle がいいと思ったのもネットを見る機能が付いてなくて読書に集中できそうだから。しかし結局手元に iPhone があると Twitter を見てしまう。この人みたいに思い切って落として割ってしまうのが良いのかも知れない。